じわり、じわりと



夏休み、というものはやはり普段とは行動パターンが変わるものらしい。たとえばそれは日がな一日部活に励んだり、ネットに励んだり、校外コミュを育んだり、と。そんな健康的なのだか不健康なのだかわからないような生活を送っていた梓董が、またも彼女に出会ったのはやはり夏休みというこの期間、梓董にしても彼女にしても普段とは取る行動が違うからだろうか。

そんなことを他人事のように考えていた梓董は、それでもとりあえず無視することはなく彼女に声をかけるのだった。








《08/17 じわり、じわりと》








立ち話も何だから、と、そういう運びからベンチに腰掛けることになった理由は、偏にただ近くにタコの入っていないたこ焼き屋があったからに他ならないとそう思う。小腹が減っていたこともあり、タコではない何かが入ったたこ焼きを二パック購入した梓董は、遠慮する入峰を諭し一パックを彼女に渡し、自らも自分用の一パックに手をつける。その様子を目に、少し躊躇いながらも入峰もゆっくりと梓董に奢ってもらったたこ焼きに口を付け出した。


「……すみません、早瀬だけじゃなく私までお世話になって……」


ぽつり。申し訳なさそうに呟いた彼女は、今日は早瀬の自主練習に付き合っていたとのことで。少し前に梓董が早瀬本人から聞いた話だと、彼は今、湾大という大学から一流コーチが見学に来るという対外試合に向けて意気込んでいるらしい。なんでもその試合でうまくアピールできれば大学への推薦を貰えるとか。それさえ得ることができれば、金銭面での不安なく大学に進学でき、剣道を続けることができるし、何より、苦労してきた自身の母が少しは楽になるはずだと、彼は強い気概で以て梓董に熱弁を奮っていた。入峰はそれをサポートしているということなのだろう。

何となくだが、その関係は、梓董と同じ部活仲間の宮本と西脇の関係を思い起こさせた。あそこまで賑やかではないだろうが。


「別に入峰さんが気にすることないよ。俺が勝手にしてることだし」


言うなれば、やはり気になるから。ただ彼女に似ている気がするというそんな理由だけで、つい気にかけてしまうのだ。たこ焼きについてを言っているのであれば、生憎金には困っていないのだからそれこそ気にする必要などない。

まあどちらにせよ、それを知ることのない入峰が困惑するのはもっともだろうが、梓董からしてみれば気にしなくていいとしか言いようがない。その言葉に入峰はやはり困ったように眉尻を下げ、予想通りにすみませんを口にしたが、けれどその後にありがとうございますも続けてくれたから、まあいいかと思う。拒絶されている様子は見受けられないから、本当に迷惑に思っているというわけではないだろう。……多分。


「……早瀬、本当に梓董さんのこと信頼してるみたいです。最近、早瀬が口にする話題のほとんどに梓董さんのことが出てくるんですよ。あんな風に誰かのことを楽しそうに話す早瀬なんて珍しくて……梓董さんが早瀬と出会ってくれたこと、私、すごく嬉しいんです」


沈黙が続いても気まずいだけ。そう思ってか、入峰が慌てて持ち出した話題は、やはり早瀬のこと。まあ共通して話せる話題で彼女にとって一番持ち出しやすい話題ということなのだろう。多分、彼女の中での梓董の位置付けは、早瀬の友人、といったところだと思われた。


「早瀬、一人で抱え込んでしまうところがあるから……あの、できたらでいいんです。……早瀬の、力になってあげてください。梓董さんにならきっと、早瀬も心を開くから……」


本当に早瀬の力になりたいのは、きっと誰よりも入峰自身なのだろう。握りしめられた小さな拳が少しばかり悔しさを滲ませていたが、それでもその声音の中には梓董に対する信頼も確かに含められていた。それが彼女自身が抱いているものなのか、それとも早瀬が信頼している対象だからかはわからないが、どちらにせよ今回もまた梓董の告げる答えは是。否とする理由はやはりないのだから。


「……ありがとうございます。なんだか本当に、私も早瀬も梓董さんに頼りきりですね……。……梓董さんが、同じ高校なら良かったのに」


それは頼りになる先輩として、ということだろうか。おそらく他意のないであろうその言葉を口にした彼女は、小さくはにかむような笑みを浮かべている。

その表情もどことなく似ている、なんて。

よそ事を考えながらも、ただただ二人、少し冷めたたこ焼きを口に運んでいった。








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