夏の風物詩といえば



「あ、戒凪! お面売ってるよ! わあ、スゴい種類。せっかくだし、一枚ずつ買わない?」
「……イル、こういうの好きなんだ?」
「え、だってお祭来たって感じじゃない?」


まあそれは確かに。だがこの年でお面を付けるというのもなかなかにない経験だと思われる。偏見かもしれないが。

そうはいっても人目を憚る性格にない梓董。そこに羞恥を抱くことはなかった。


「イル、どれにする?」
「あたし狐! 狐がいい!」
「そう。じゃあ俺はフェザーマンにしよう」
「ふぇざー?」
「日曜にやってる変な戦隊もの。何気に面白いよ」
「へー。あ、もしかしてこの前天田くんと観てたのそれ?」
「そう」
「そっか。今度あたしも観てみようかな」


普段必要以上に、というよりも必要であってもあまり喋らない梓董が、今日はやけに饒舌で。これで彼を知る誰かが通りかかりでもしたら間違いなく驚くだろうが、共にいるイルは気にした様子もなくただ楽しそうに会話を繋いでいた。

気恥ずかしい、と言っていたその感情が今どれだけ残っているかは不明だが、それでもにこにこと笑みを絶やさぬ彼女の姿に、梓董の表情も自然と和らぎ続けている。それもまた、彼を知る者にしたら驚きだろう。


「じゃあ、後は……」
「あ、くじ引きだ! ハズレなしって書いてあるよ! 戒凪、やってみたら?」
「……ああいうやつって、ハズレの代わりに微妙なやつが入ってるんだろう?」
「だいじょうぶ! ヨーヨー当たったらあたし貰うから!」
「……なんでヨーヨー?」


微妙なやつ、で、それが思い浮かぶイルの思考回路がわからないが、元より彼女の思考回路に理解できるものの方が少ないことに気が付きそれで納得した。むしろヨーヨーが欲しいのではないかとも思われるが、ハズレ代わりに入っているそれなど子供騙しもいいところだろう。犬の散歩もできはしまい。

そんなことを思いながらもとりあえず手にしたくじ一枚。それを屋台の店員に渡せば、くじと引き替えに差し出されたものは……。


「フロスト人形……」


梓董の手に渡ったそれは、ジャックフロストを象った人形だった。前にエリザベスからの依頼で要求されたこともあるそれは、ポロニアンモールにあるゲームセンター前のクレーンゲームの景品にもなっているもの。いちペルソナであるジャックフロストが何故こうまでしっかりと再現されているのか。不思議だが、まあマスコットとして申し分ないのだからそれでいいのだろう。

……単に深く追求するだけ面倒だと思っただけだが。


「……あげる」
「へ? え、いいの?」
「ヨーヨーじゃないけどね」


悪戯めいて告げればイルは小さく笑って返し。それから梓董が差し出したフロスト人形を受け取り大事そうに抱き抱えると、嬉しそうにはにかんだ。


「ありがとう。大切にする」


そんなに大したものではないけれど、彼女が喜んでくれたならそれでいいか。そう思い頷いた梓董は、くじ引きをする前に離した彼女の手を再び取る。もはや諦めたのか自然と握り返されてきたその手が、少し嬉しいような気さえした。


「……そろそろ帰ろうか」
「そうだね。ねえ、戒凪、今日は誘ってくれてありがとう。あたしなんか誘っちゃっていいのかなって思ってたけど、でも……すごくね、楽しかった」


ありがとう。

もう一度微笑んだ彼女は、本当に心から……幸せそうに、見えた。

それは都合のいいフィルターかもしれなかったけれど、それでも梓董の中の何かを暖かくするには充分で。


「俺も、楽しかったよ」


もう曖昧だけど、もしかしたら両親が健在だった時に一緒に行った祭は今日のように楽しかったのかもしれない。それ以来の祭には何ら感慨を抱いた覚えはないのだから、今日この日がこんなにも楽しいものだとは思いもしなかった。

それはもしかしたら、いや、もしかしなくとも……。

そんな想いを馳せながら、帰路をゆく二人の影は祭のために飾られた提灯の淡い光に照らされて。ただ優しく、寄り添い歩いていた。










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