夏の風物詩といえば



「いや、で、でも」
「……抱きつくのは平気でも、手を繋ぐのは駄目なんだ?」
「あ、あれは……っ!」


思い起こす、満月の夜のモノレール。あの時自ら抱きついてきたイルは、それを指摘されると慌てた様子で弁解しようと口を開く。けれどそこからもれた言葉は「うう」という困ったように詰まった声音だけだった。

何を言ったところで事実が変わるわけでもない。それに真夜中の異性の部屋に単身乗り込む度胸があるのだ、今更手を繋ぐくらいのどこが恥ずかしいというのだろう。

差し出されたままの梓董の手。それをちらりと再度見やったイルは、やがて意を決したようにその手に自分の手を重ねた。


「し、失礼します」
「うん」


重なった手を離れないよう軽く握る。昼間はラケットを、夜は剣や銃を握るその手は思っていたよりよほど小さく、骨ばった感じも豆が潰れた感覚もない滑らかで柔らかなその感触は、女の子、を、否応なしに認識させた。
二人揃って低めの体温なのに、繋いだそこだけ暖かな温もりが伝わって、なんだか少しくすぐったい。


「じゃあ行こうか。せっかくだし、お参りしていく?」
「……そうだね。って、そんなついでみたいな感じでいいの?」
「いいんじゃない? あ、一万納めれば学力上がるよ、すごく」
「え、何そのドーピングみたいな効果。神様現金すぎでしょ」


どうやら一度手を繋いでしまえば羞恥の方も収まりがつくらしい。いや、単に羞恥の許容量をオーバーし過ぎて意識して気にしないようにしていないと自分を保てないだけなのかもしれないが。

とにかく、何とか普段の調子を取り戻してくれたらしいイルと二人、自身が提案した通りまずはきちんとお参りに向かう。一高校生が賽銭に平然と一万円を注ぎ込むなど、端から見れば奇異にも思えるかもしれない光景を揃って平然とやってのけ……もちろん、資金源は昼の姿は月光館学園、タルタロスだ。ちなみにだが、タルタロスで稼いだ資金は装備品調達等の分は梓董に渡し、他自分の生活に必要な交遊費も含めたお金だけ残し、イルは桐条に借りている分の資金をちらほらと桐条に返しているらしい。

それはともかく。お参りも済んだことだしと身を翻した梓董は再びイルの手を取り帰路につく。その道すがら、立ち並ぶ屋台を見渡しながら目に止まった場所場所へと足を運んだ。


「イル、何か食べる?」
「え? えーと、そうだね、じゃあらくがき煎餅で」
「あれじゃ腹にたまらないと思うけど」
「まあお腹空いてるわけじゃないし。好きなんだよね、あれ」
「そう」
「戒凪は? 何か食べないの?」
「食べるよ。たこやきと焼きそばとイカ焼きとチョコバナナとクレープとわたあめと林檎飴。あ、あとかき氷」
「……ごめん。聞くだけでお腹いっぱいになるや」
「そう? 俺はまだ足りないくらいだけど」
「ねえ本当、それどこに入ってるの?」


侮れぬ、などと、いつか聞いたような台詞をもう一度吐かれ、胃だろ、と至極もっともな言葉を返す。どうでもいいような会話なのに、それを交わすことがどうでもいいどころかどこか楽しくさえあるなんて、自分はやはり変わったのだろうか。

屋台はもちろん食べ物に関連するものばかりに限っているわけではなく。帰り道に並ぶ順に適当に食べ歩くと同時に、遊戯にも手を伸ばした。まあせっかく来たのだしたまにはいいかというその考え自体、以前の梓董ならば思い付きもしなかっただろうことには自覚がある。けれどやはりそれに不快はなく、今の行動にも別段躊躇いはなかった。……それとて、変化の一部なのだが。


「あ。金魚掬いだ」
「やる?」
「んー。金魚掬い自体は好きだけど、育てられないし」
「別に寮で育てても大丈夫だと思うけど」


コロマルもいるのだから、と、そう思い口にすれば、イルは小さく苦笑を返す。


「命は難しいからねー。ちゃんと育ててくれる人のところに行くべきだと思うんだ」
「……そう。じゃあ別のを見て回ろうか」
「うん。あ、形抜き! 戒凪、得意そうだよね、器用だし」
「やったことないけど。イルは得意?」
「あはは、まさか。あたし割と大雑把だったりするし」


ああ、そんな気がする。彼女の場合全てに対して大雑把というよりも、端々でその片鱗を見せるという斑(むら)がある感じだが。不器用というわけではなさそうだが、得手不得手は割とはっきりしているのだろう。……勉強とか。




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