夏の風物詩といえば



どうやら今日は長鳴神社で夏祭りが催されることになっているらしい。

梓董がそれを知ったのは今朝、伊織が暇だったら一緒に行くかと誘ってきたからだった。その他にも数人から誘いの声をいただいた梓董だったが、例の如くどうでもいいという理由からその悉くを斬り伏せ今に至る。

興味がないことも事実だが、元より人がたくさん集まるような場所は苦手だった。揺れる船上でも平然としていた梓董が、実は人酔いをする性質にあるなどと誰が気付こうか。基本、自ら他者と関わろうとしてこなかった過去から起因しているものかもしれないが、真相などどうでもいい。苦手なものは苦手なのだ。

そんなわけで今日は一日ネットでもしているかと、不健康極まりない思考を浮かべていたその時。ふと、脳裏を掠めたその姿。

自ら進んで苦手とする場所に向かうような性分にはなかったはずなのに。夏祭りにすら興味の欠片もなかったというのに。

気が付けば、携帯片手にコール音に耳を傾ける自分が、ここにいたのだった。







《08/16 夏の風物詩といえば》







「……で、なんで隣を歩かないわけ?」


夜の帳が降りようとも、今日この場所は賑やかさを欠片も欠くことはないようで。むしろ昼日中より賑わって思えるくらいの長鳴神社の参道を歩み、その歩を一時止め半身振り返る。そんな梓董の斜め後ろ、しかもやや離れた場所で足を止め梓董と視線を交えたのは、白の浴衣を身に纏ったイルだった。
淡い色合いながら色彩鮮やかに白に舞う大輪の花々が、各々艶やかに咲き誇っている。


「い、いや、だって、なんかあの、気恥ずかしいっていうか……」


ごにょごにょと呟く彼女は既に梓董から視線を外しており、斜め下に伏せられたアオイ双眸とは対象に、焼けていない白い肌が赤く赤く色付いてゆく。

興味などなかったはずの夏祭り。それなのにイルを誘ってわざわざ出向いてきたのは梓董自身。自身の性質すらも無視したその行動の理由を、梓董が明瞭にできることはなく。

ただ。

ただ、なんとなく。

イルの姿を思い起こしたその時に、彼女とならば共に行きたい、と。そう、感じたのだ。

まあ急な誘いになってしまったので既に予定が入ってしまっているかもという危惧はしたが。それはすぐに杞憂だったと、電話越しに了承の意を示したイルの声に知らされることになり。……何より一番驚いたのは、急だったにも関わらず、待ち合わせ時間に待ち合わせ場所に現れた彼女が浴衣を身に纏っていたことだった。

どうやら今日祭に参加予定である桐条とアイギス……アイギスの社会見学のようなものらしい、それのついでに桐条が見立ててくれたとのことで。浴衣姿の想像もしていなかった、というよりもそれ以前に白のパーカーのイメージが根強すぎて浴衣を着てくるという予想すらできていなかった故にその驚きは強かったのだろうと、どこか冷静に判断する自分がいた。


「大丈夫。似合ってるから、それ」


さらり。吐いて出た言葉に嘘はなく、それが常がどうでもいいで収めている梓董にしては珍しい発言だったと気付いていないのは紡いだ本人だけ。紡がれたイルの方は元より朱をさしていた頬をより赤く染め、それでも小さくありがとう、と呟いた。

その様子を目に、せっかくだから梓董自身も浴衣か甚平辺りを着てくれば良かったかと遠く思う。そういえば男気の甚平ならあったなと思い返しながら、それでも面倒だし今のままで良かったかと結論付けた辺り、実に彼らしいと言えるかもしれない。


「……はい」
「へ?」


いつまで経っても縮まらない距離。隣を歩くよう告げたのに、ぴたりと止まったまま動き出さないイルの足を見かねてか、梓董の手が差し出される。未だ熱の収まりきらない顔のまま、目の前に出されたその手と梓董の顔とを交互に見比べたイルは、ただきょとりと不思議そうに首を傾げた。


「一緒に来ててわざわざ離れて行動する意味がわからないし、離れててはぐれたら困るだろ? だから、手」


実に合理的な理由。これが伊織辺りだったなら間違いなく下心満載での行動だろうが、相も変わらず表情一つ崩さない梓董の態度に、それでもイルは戸惑う。その辺にも羞恥があるらしい。




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