祝・生還



「お、お、お、終わった……っ! 終わったよ、ついに終わった! あたし、生き延びたーっ!」


だから毎度大袈裟なのだ。

夏期講習最終日、全ての講習の終了と共に両手を上げ歓喜の声を震わせたイルに、梓董はひそりと呆れの息をもらしていた。








《08/15 祝・生還》








「お疲れ様。よく頑張ったね」


今日が夏期講習最終日だということくらいは参加せずとも知っていた岩崎と西脇は、この一週間それに打ちのめされ続けてきただろうイルを玄関先で出迎え、労う。部活を優先した岩崎は元々夏期講習に参加せずとも大丈夫な程度には勉学に励んでいるし、西脇にしてみれば講習に参加しなかった多数の生徒同様休日にまで学校で勉強なんかしたくないから参加を自主的に見送ることにしていたのだ。よっていつもの三人の中で夏期講習を受けたのは桐条により強制参加を申し遣ったイルだけなのである。

だからといってイルに二人を逆恨む気はないらしく、私服姿で待っていた二人を見付けるなり目を潤ませながら飛び付いた。


「うわあんっ! 理緒、結子ーっ! あたし、頑張った! 頑張ったよーっ!」
「よしよし。偉い偉い」


なでなでなで。
大袈裟だと呆れはしても、イルの勉強嫌いは充分すぎるほどに熟知している西脇と岩崎はただただ優しく労うのみ。過保護すぎる気もしないではないが、受けたくもない苦痛を受けきった今日くらいは許されてもいいはずだ。

というわけで打ち上げとは名ばかりの、ストレス発散目的も含むいつものカラオケ大会へと繰り出した三人は、これまたいつもの如く雑談に花を咲かせることにした。


「そういえば、今日は桐条先輩は?」
「んー、なんか忙しいみたい。夏休みでもなかなか休めないみたいだよ」
「そっか。少しくらい遊べるといいけどね」


時折一緒に遊ぶようになっていたもう一人、桐条のことを口にした西脇に、イルが少しだけ残念そうに肩を竦める。桐条グループの一人娘であり月光館学園の生徒会長も務める桐条は、日頃から何かと多忙らしい。西脇達は知らないことだが、その上更に夜はS.E.E.Sとしての活動も行っているのだから、やはりそうそう都合は合わなかった。

多忙具合なら梓董も相当だろうが、彼はその中でもしっかりと自分の時間を作っているようだから不思議で仕方ない。機会があれば一日の行動を時間割にして見せて欲しいくらいだ。いや、プライバシーの侵害をするつもりはないのだが。

イルの言葉に彼女同様残念そうに肩を竦めた岩崎が、それでもと願いを小さく口にする。忙しい桐条の時間を自分達のために割かせるのも悪いとは思うが、共に遊ぶその年相応の姿は、彼女自身も楽しんでいるように見え、だからこそそういった時間を増やしていけたらとも思うのだ。


「そうだね。……って、ねえ、映画祭とかいいんじゃない!?」
「映画祭? って、ああ、夏休みにやるアレ?」


岩崎に同意を示しつつふと思い出した様子で手を叩いた西脇に、二つのきょとんとした瞬きが向けられる。映画祭とは、夏休み後半時期に予定されている、日毎テーマに沿った映画をピックアップして放映する映画ファンに対する祭のようなもの。普段あまり映画を観ない者でも各テーマがはっきりと決まっているため、自分の趣味と併せ観覧しやすいだろう。映画を身近なものと感じさせるには充分な企画だろうし、また遊びに出る目的や口実にするにももってこいだと思われた。


「うん、桐条先輩の興味がある映画でも一緒に観に行けたらいいなって」
「そっかー。うん、そうだね。伝えておく」


予定がない時に思い出してもらえれば。そんな思いで西脇に同意し頷いたイルに、西脇だけでなく岩崎も微笑む。もうすっかり桐条も遊び仲間として定着しているようだ。


「さ、じゃあ今日は三人で思いきり遊ぼう! 一週間、溜まりに溜まったイルのストレス解消しないとね」


勉強嫌い仲間西脇にはその苦痛が我が事のようにわかるのだろう。にっこり笑って告げられた言葉に、イルが感極まったとばかりに彼女へと飛び付いた。


「ああもう本当、結子も理緒もだいすき!」
「はいはい」


軽く流しながらも西脇も岩崎も表情は共に穏やかで。手のかかる妹分は、それでも二人にとっては可愛い友達なのだろう、と、どこまでも高く広がる青空の下、賑やかな三人組は今日も揃って楽しげに歩を進めて行った。








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