彼女と似た彼女



ふいに。ついて出た言葉に、予期していなかったらしい入峰の顔が再び上げられきょとんとその目が瞬かれた。

梓董としても特に彼女の家族構成が気になったわけではないのだが、それはそう。

似ているから、なのだろう。

だからつい訊いてみてしまった。答えを得てそれでどうこうするわけではないけれど、でももしかしたら、とも思うわけで。そんな自分の疑念のためだけの問いに、けれどそうとは知らない入峰は訝しむわけでもなく小さく苦笑を浮かべてみせた。


「え、と。兄弟、みたいな人達は、います。……私、その、孤児、なので」


あたし、元は施設育ちだからだいじょうぶだよ。

思い出す、彼女の言葉。そうだ、彼女にも確か血縁者はいなかったはず。それが「今はいない」なのか、それとも「元より知らない」なのかはわからない。わからない、が。

……もしかしたら。


「……入峰さんって、もしかしてだけど……勉強、苦手?」
「えっ!?」


もしかして、もしかして、もしかして。よぎるIFを埋めるために重ねた問いは、問うた方には基づく理由があろうとも問われた方にしてみれば突拍子のないもので。入峰は大きく目を見開いてみせた後、困ったように顔を歪めてしまった。


「わ、私……っ、な、何か失礼なこと言いましたか? す、すみませんっ、あの、が、頑張ってはいるんですけど、頭のできが良くなくてっ。不快に思わせたならごめんなさい!」
「……いや、そういうつもりじゃなくて……。不快になんか思ってないから気にしなくていい」


自分が言い出したことに気にしなくていいなどと、それこそ入峰の方を不快にさせてしまうだろう。そう思われるが、しかし彼女にそんな態度は全く見受けられず、素直にも安堵した様子で微笑を浮かべてみせていた。


「そ、そうですか。……よかった」


ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。安堵したことで少し余裕ができたのだろう、彼女は何かを思い出した様子で急に慌て始める。


「あ、す、すみません、長く引き止めてしまって。私、そろそろ帰らないと……っ。今日、買い出し頼まれていたんです」


慌ただしくてすみません。そう加えて申し訳なさそうに頭を下げる入峰は、その口調からもとても勉強が苦手なようには思えない。そんなところもまた、彼女とは違うように思えた。

いや、むしろ似ている、と感じることの方が少ないくらいで、おそらく似ていない箇所を探した方が似ている箇所よりもよほど多いことだろう。だけどそれでも。

……気になる、のだ。

明確な理由など言葉にできないのに、ただただ「気になる」という想いだけが先行する。何故かと自身に問うても答えがでるわけでもなく、だからこそ深く追求することもしないのだが。


「あの、梓董さん。……よければ今後も、早瀬と仲良くしてあげてください」


早瀬はその類い希なる剣道の腕前から、部の者達とあまり良好な関係を築けてはいないようだ。部の者達の話を聞いたわけではないので中立的な意見を言えるわけもないが、それでも早瀬の口振りからして早瀬の方が部員達を見限ってしまっているように思えた。高い能力を備えた者にも相応の悩みはあるということなのだろう。そしておそらく、入峰はそのことを心配しているのだと思えた。だからこそ早瀬が認めた……らしい、相手である梓董をこうして頼っている。

梓董としても特に断る理由もないし、例え頼まれずともコミュのため今後も親交を続けていく予定ではあった。それ故に、頷いて応えることに躊躇いなどない。

そんな梓董に入峰は安堵した様子で息を吐き、そしてやはり嬉しそうに微笑むのだった。


「ありがとうございます。早瀬のこと、よろしくお願いします」


ぺこり。律儀に頭を下げた彼女はそれじゃあ失礼しますと礼儀よく挨拶を残し、ぱたぱたと忙しそうに駆けだしてゆく。その後ろ姿はやはりどこか彼女と重なって見え……梓董は僅か目を細めると、そのまま何事もなかったかのようにのんびりと帰路につき直した。











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