彼女と似た彼女



夏真っ盛り、八月夏休み期間。その最中で梓董達巖戸台の寮生達は……夏期講習に強制参加をさせられていた。







《08/13 彼女と似た彼女》








今回のこの件に関しては桐条の独断と、それに対する幾月の賛同により決定されてしまったとのことで。事前にその事実を知り得ていた女性陣の内、白い少女からは現実逃避のつもりなのだろう、連日半分から三分の二くらい魂が抜け出ていたように見えた。それは何の心構えもできない内に唐突に知らされた伊織にしてみても同じだったが、彼同様唐突に知らされた身である梓董はただただ面倒に思うだけ。何が悲しくて休みの日にまで早起きし、うだるような暑さの中制服を着込んで学校に向かわなければならないのか。一学期の中間試験も期末試験もトップを修めた梓董には、そこまで必死に勉強する気力は持てなかった。

とはいえ、勝手にとはいっても決まってしまったものに対していつまでもうだうだ言い続けるのも労働だ。今回の件も例の如くどうでもいいに収めた梓董は、ただただ惰性で夏期講習に素直に参加し続けている。それは講習が始まってから三日ほど経つ今日にしても同じで。講習を受け終えた梓董は、ただ今寮に向けて帰路を歩んでいる最中だったりした。

そんな折。


「あ……梓董さん……」


聞き馴染みのない声音で呼ばれ振り向けば、レジ袋を手に提げた、小柄な少女がこちらを目に僅か小首を傾げていた。見知った制服姿ではない私服姿なれど、間違いない、彼女は……。


「入峰さん」


星コミュ早瀬の学校で、剣道部のマネージャーをしているあの彼女だ。確認の仕方はともかく、覚えていたその名を口にすれば、彼女はどこか照れたように小さくはにかんでみせる。

……認識してみると、確かにこの少女、態度や口調などはまるで違えど、ふとした拍子の表情というか空気というかがイルと似て思えた。だからこそ梓董は彼女の名を覚え、個を認識できたのかもしれないとどこか遠く思う。


「買い物帰り?」


声を掛け合った手前そのまま去るのも互いにどうかと無意識下で判断してか、自然会話しやすい距離まで歩み寄ってきた入峰の手元に視線を落とし、梓董が問う。それに彼女は小さく頷いて答えた。


「はい。えと、梓董さんは今日は学校、だったんですか?」


ああ、そういえば制服を着ていたな。言われて思い返した事実に梓董は一人納得する。


「そう。夏期講習強制参加帰り」
「そ、そうなんですか。大変ですね」
「まあ、面倒ではあるけど」


本音を告げれば少しだけおかしそうに入峰が笑う。控えめに口元に手を当てふふ、とだけもらされた笑い声は彼女とは違うものだったけれど、だけど不快には感じなかった。


「そういえば、最近まも……じゃなくて、えと、早瀬がよく梓董さんのお話をします。あなたの話をする早瀬はとても楽しそうで……ありがとうございます」


微笑ましそうに。そしてどこか嬉しそうにも見える笑みを向けてきた入峰は、多分、早瀬のことを大切に想っているのだろう。その柔らかな笑顔と、他人のことだというのにまるで我がことのように礼を告げるその様子から難なく想像できたそれに、ふとわいた疑問を口にしてみる。


「入峰さんと早瀬は仲がいいんだ?」
「え!? あ、いえ、あの、仲がいいというか、その……っ」


何気なしに告げた言葉に、まさかそれほど効果があるとは。面白いほど赤く染まっていく彼女の顔に、普段他人の感情の起伏に興味を示さない梓董でも何となく察せた。

多分彼女は、早瀬のことを特別に想っているのだろう。

だからどうしたということもないし、正直それは梓董にとってはどうでもいいことであったが、何故か。何故か、脳裏に彼女の姿が浮かびよぎって、何かが胸を刺すような感覚を覚える。

それが一体何という感情なのかも、何に向けた感情なのかもわからなくて内心訝しむが、そこは梓董、顔には全く表さなかった。


「……仲がいい、というか、あの、早瀬は私にとって兄のような存在なんです」


ややあってぽつりと呟かれた言葉に耳を傾ける。何を問い返すまでもなく、彼女はぽつぽつと続けていった。


「小さい頃、ちょっと揉めていたところを助けてもらって……。早瀬には兄弟がたくさんいるから、私も妹のように面倒みてもらっているんです。早瀬にしてみれば一人くらい妹が増えたって構わないって。だから、その……」


俯きがちに紡いでゆく彼女はそこまで呟くとふと我に返った様子で、はっと顔を上げ、慌てて左右に首を振る。梓董を見上げた黒い瞳はすぐに逸らされ、申し訳なさそうに瞼が下げられた。


「あ、あの、すみません、私……その、どうでもいいようなことを……」
「……入峰さんって、一人っ子なの?」




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