賄い屋さん、始動



あの約束を交わしたのは確かそう、十日くらい前。決められた日程は明王杯が終わってから、だったはずなのだが、その後すぐに迫っていた満月やら何やらでずるずると引き延ばされてしまい、今日やっとそれが果たされるに至ったのだ。

つまり。山岸は今日、ようやく念願叶ってイルに料理を教えてもらえたのだった。







《08/08 賄い屋さん、始動》








その約束を思い出してくれたイルに誘われ作った夕食は、彼女が共にいるというのに台所を軽く戦場に変えるという有り様で。それはまあ前回とほぼ同じことだったため、予想はしていてくれたらしいイルのフォローにより夕食は無事夕食となり得ることができた。

事前に今日のことを伝えておいたらしい梓董と天田がいてくれたお蔭で、嵩の増した料理の数々は何とか残らず消え去ってくれ。今はイルと二人、片付けをしている最中だったりする。


「ごめんね、イルちゃん。私、言われたこともなかなかうまくできなくて」


落胆に肩を落とす山岸は、その腕前がなかなかうまくできなくてのレベルにすらないことにきっと気付いてはいない。けれどイルはそれを指摘することなく答えを紡ぐ。


「だいじょうぶだいじょうぶ。ゆっくり覚えていけばさ。用がない限りあたしも付き合うし」


ね、と笑うイルの言葉通り、今日から山岸は夕食作りをイルと共に行うことになっていた。今日は急遽決定したために寮生全員に声をかけることはできなかったが、やはり今回も目敏く察した伊織に見つかり、なんだかんだとまたも寮生全員の夕食も賄うことに決定済みだったりする。ただし皆自分の生活がある身。話し合って決めた結果、食事は十九時くらいから始められるように支度をするため、それに間に合わないようなら、もしくは用事があるようなら事前連絡は必須と決定した。もちろん、山岸やイルに用事がある場合の連絡も必須だ。

食費に関してはまた桐条が負担してくれるとのことで、後片付けの手伝いを岳羽も加入し山岸とイルとの三人で担い、残る男性陣で手の空いている者が買い出しを行うと分担もしっかり決められている。


「うん。ありがとう」


はにかむように小さく笑う山岸の当面の目標は、とりあえず食べられる物を作ることだろうか。少し前の意気込みはどこへやら、今日の戦争もとい調理ですっかり気落ちしてしまった山岸は、けれどイルの元気付けにより少しだけ気分を浮上させることができたのだった。


「そう言えば、イルちゃんは動物好き?」


片付け作業に戻りつつ、気持ちを切り替えるためにも山岸が選んだ新たな話題。それは今日の夕食前に訪れた大きな知らせに起因している。


「んー。好きだよ」
「そっか。じゃあ今日のこと、良かったね。私もコロちゃんと一緒に暮らせるの、嬉しいんだ」


そう、実は今日、新たな戦力として、以前影時間内に皆で救出した一匹の犬、コロマルがペルソナの適性を見出され仲間入りを果たしたのだ。犬がペルソナを使えることに先輩達も驚いていたが、アイギス曰わくコロマル自身にやる気が満ちているようなので、頼もしい仲間になってくれるだろうと思える。

ちなみに、銃型の召喚器を扱えるわけもないコロマルの召喚器は、その首に嵌められた首輪が同じ役割を果たすよう作られたそうだ。感嘆するやら驚嘆するやらな代物だが、天下の桐条グループならそのくらい造作もなく作れるということだったのだろう。


「そうだね。コロマルって賢いし大人しいし良い子だもんね。あ、そっか、犬用の食事も考えないと」
「コロちゃん用の食事かあ……。確かにコロちゃんだけペットフードばかりじゃ可哀想だよね」
「ネギやチョコが駄目くらいなら知ってるんだけど、ちょっと調べておこうか」
「うん。私もネットで見てみる。良さそうなレシピあったら教えるね」


そんなこんなで。他愛のない会話を交わしながら、山岸とイルの夕食作り初日は過ぎてゆくのだった。









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