利害一致
「敵シャドウ消滅、か。みんな、よくやった」
まさか二体いたとはな、と、小さく息を吐いた桐条はアイギスとイルの無事だけ確認すると、閉じ込められてしまっているという現状を思い返し寮で待機している幾月に救援を要請してくると言いおき、一足先に皆の元まで戻りだす。とりあえずあの大型シャドウを倒したことで、この辺りからシャドウの気配は消えたようだと先程山岸からの通信が入ったから心配することもないだろう。むしろ問題は桐条ではなく……。
「質問であります。先程あなたは何故身を挺してまでわたしを庇ったでありますか? わたしを庇うことでのリスクはありますが、メリットがあるとは思えません」
淀みなく。何の感慨もなさそうな事務的な紡ぎ方で問うアイギスは、イルの正面に立ちただまっすぐに彼女を見下ろしていた。その瞳にイルの方は僅か戸惑った様子を見せ、それから困ったように頬を掻く。
「まあ、あたしヤタガラス連れてたし。助けるのって多分、当然だよね」
だってさ。続けて顔を上げたイルの目は、まっすぐにアイギスを見返し捉えた。
「仲間、でしょ?」
にへら、と少し照れくさそうに笑った彼女のその言葉に、アイギスの表情が変わることはなく。けれどその中では何かが動いたのかもしれなかった。
「……あなたは、やはりどうしてもダメだとしか思えません。ですがその根拠はわからないのであります。あなたはダメでありますが……仲間であることはきちんと認識したであります」
「え、えーと、それってどういう……」
「あなたが戒凪さんに近付いても大丈夫だと判断しました」
今までの非礼、お詫びするであります。改めてよろしくお願いします。
無機質で無感動な声音のまま、まっすぐに伸ばされたアイギスの手。突然の彼女の変わりように当然の如く戸惑ったイルは、差し出されたその手とアイギスの顔とを交互に見比べ、きょとりと目を瞬かせる。その様子にアイギスの方も小首を傾げた。
「和解の証に手を握り合うしきたりがあると情報入力されているでありますが」
「へ? あ、ああ、そっか、うん。えっと、こちらこそよろしくね、アイギス」
「はい。よろしくであります、イルさん」
重ねられ、握りあわれた右手と右手。これで不穏分子が一つは取り除かれただろうと、梓董は小さく息を吐く。
ここまで狙って土台を築いたわけではなかったが、梓董が用意した舞台は思いのほか上々に収まったようだ。梓董があえて手を出さずとも、イルなら大丈夫だと何となく思っていたわけだが、やはりその予想は正しく、事は成されたというところか。
イルは、仲間だ。
少し前に告げた梓董の言葉をアイギスも理解したのだとすれば、それは他ならないイル自身が自ら証明し得た立ち位置なのだろう。
三人で揃って来た道を戻りながら、少しばかり肩の荷が降りたように涼やかに笑うイルの傍で。梓董もまた、知らず口元を緩めていた。
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