利害一致



苦笑にも自嘲にも似た小さな笑みを浮かべ告げる桐条に、その言葉を受けたイルはどこか困った様子で頬を掻く。


「えーと。あたし、桐条先輩にそんな風に言ってもらえるようなヤツじゃないですよ。何に関しても揺らがないってわけじゃないですし。ただ……」


アオが、まっすぐに前へと向き直る。駆ける足は止まっていなかった。




「ただ、あたしはあたしの存在している理由を、貫きたいだけなんです」





――キミの傍にいるために、存在するモノ。



イルの言葉を受けて思い出したそれは、出会った当初に彼女自ら口にしていたこと。それはつまり、彼女が貫き通したいその理由はきっと。

……梓董に、あるのだろう。

まああの言葉を思い返さずとも普段の彼女の態度からしてそれは容易に想像できようが。深い理由やそこまで想われる心当たりは梓董には思い付かないが、けれどそれでも。

嬉しい、と、どこかで確かにそう思う自分がいるような気がした。


「敵シャドウ、見えてきたであります」


約束を忠実に守ってくれているのか、今までただ黙していたアイギスが涼やかにそう言い放つ。彼女の言葉通り、駆け進む前方に確かに大きな影が見えてきた。

あれは……戦車、だろうか。


「全員、戦闘体勢に。山岸、アナライズを」
『は、はい。……え、どういうこと? リーダー! 敵シャドウからふたつの気配を感じます!」


……ふたつの気配? 見たところ、一台の戦車のようにしか見えないが……。

だが山岸がそう言うからには何か仕掛けがあるのだろう。どのみち注意は怠らないべきだ。


「とりあえず、アイギスと桐条先輩と俺は攻撃に入る。イル、補助を頼む」
「了解」


指示を出し、イルがその通りに身体能力を上げてくれたのを見計らって各々総攻撃に移る。アイギスはそのペルソナの特性上物理攻撃を、桐条はやはりというべきか氷結属性の攻撃を繰り出し。敵に弱点も耐性もないとわかると梓董も相手の様子を窺いながら魔法と物理を効率よく使い分け繰り出してゆく。

もちろん敵もそれをただ受け続けているわけではない。受けた反撃ダメージはすぐにイルが召喚したリャナンシーが癒してくれたため、特に窮地に陥るようなことはなかったのだ。が。


「敵もそろそろ弱ってきたようだな。一気に片を付けるぞ!」


動きが鈍りだした敵の様子を目に声高に告げたのは桐条。その鼓舞に皆が応えるより早く……その異変は、訪れた。


「っ! 駄目だ! 深追いするな!」


気付いた梓董の制止の声も虚しく、いち早く追撃体勢に入っていたアイギス目掛け、その足元に光の陣が描かれる。それは光属性の戦闘不能にさせる魔法、ハマが発動されるその兆候だった。


「っ、ヤタガラスっ! 残影っ!」


ぱきん、っと、ガラスが割れるようなそんな音が響いて。気付いた時にはアイギスに体当たりをし、場所を代わったイルが彼女の代わりにハマを受けていた。とはいえとっさに彼女が召喚したヤタガラスは光属性を無効化する特性を持つためその効果を受けることはなく、それどころか一連の行動の内に彼女が放った残影は、見事にハマを放った敵シャドウを斬り伏せることに成功したようだ。


「イルっ!」
「あたしならだいじょうぶ! もう一体をお願い!」


駆けた勢いのままアイギスに体当たりしたイルは勢い余って体勢を崩したらしい。前のめりに転んだ彼女はそれでも素早く上体を起こし、そう返す。

……どうやら、山岸の言っていた二体の反応を感じるというその仕組みが判明したようだ。

一台の戦車だと思っていたその実体は、実は車体部分と砲台部分が別のシャドウから成っていたらしい。アイギスにハマを放ち、そしてイルに倒されたのは、砲台部分の方だった。

残すのは、車体部分のシャドウだけ。

梓董に躊躇いなど欠片もなかった。


「ジャアクフロスト。ミックスレイド」


おおさまとおいら、発動。

梓董が召喚した二体のフロストが織り成す絶対零度の一撃は、その周辺をも巻き込んで敵シャドウを凍り付かせる。熱運動が消滅すると考えられるセ氏−273.15度……とはさすがに大袈裟だろうが、とにかくその氷の刃に耐えきることができなかったシャドウは、やがて氷の中で消えていった。




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