明王杯にて



剣道を始めたきっかけはまだ幼い頃に生前の両親から勧められて……なんてことは更々なく、きっかけなどどこかの運動部に所属しなければいけないから何となく剣道を選んでみたにすぎない。その証拠にマメに部活に顔を出すでもなければ、実戦でも剣の類は使用せず拳で戦うといったそのスタイル。
真面目に頑張る生徒達からしてみれば、そんな梓董が大会で準優勝するなどとても納得できるものではないはずだ。まあそれでもさらりとその栄光を手にしてきてしまうのが梓董戒凪というこの少年なのだが。

世の中は実に不公平だ、と。梓董を知る月光館学園の剣道部生徒達が心の中でハンカチを噛み締める中、第18回全国高等学校明王杯剣道大会は大いに盛り上がりを見せ幕を閉じたのだった。










《08/02 明王杯にて》










人はそれを天賦の才とでも呼ぶのだろうか。成績優秀眉目秀麗その上更にスポーツ万能と正に天から二物も三物も与えられた梓董は、しかしそれに何ら感慨を抱くことはなく。だからというわけではないが他人に何を思われようとも気にならない……どうでもよかった。

……はずなのだが。



どうせなら優勝の報告を持ち帰りたかった、と。決勝戦で負けて少しして正常に巡るようになった思考が真っ先にそう告げたのだ。



浮かんだのは、白い少女の笑顔。彼女のために、だなどとそんな恩着せがましい言葉を吐く気はないが、この一週間の強化練習をいつもより真面目にかつ真剣に取り組んだ理由に彼女のことが含まれているのは自分でも自覚できている事実。

毎日甲斐甲斐しく朝夕の食事を笑みを絶やすこともなく作り続けてくれていた彼女のことを思うと、できる限りのいい結果を報告したかったと思う。さすがに優勝ばかりは一朝一夕で叶うものではなかったとまざまざと思い知らされた結果となってしまったが、きっと彼女は喜ぶだろう。

頑張ったね、と、我がことのように嬉しそうに。

どうせなら優勝を持ち帰ってその言葉を受けたかったところではあるが、実際彼女の言葉や笑顔を目にしたらきっと、自分を許せてしまうのではないか、なんてらしくもなくそう思う。そしてやはりそれは不快などでは決してなかった。

と、無意識に既に帰宅後のことに思考を馳せていた梓董は、いつの間にやら自分の元まで来て何やら話していった他校のエース、早瀬の話などほとんど右から左で聞いていて。……梓董にとって自分で思っている以上に優勝については拘っていたようだったが、自分を負かした相手についてはどうでもよかったらしい。優勝者早瀬を前にしても全く何の感慨も見せなかった。

そんな常の如きポーカーフェイスが崩されたのは、早瀬の話に何らかのひっかかる話題があったからでは全くない。しっかりとその視線で捉えるその先にいたのは、一人の小柄な少女だった。


「護くん、ここにいたんだ。みんな捜してたよ! 早く行か、ない……と……」


きょとり。やって来た黒髪の小柄なその少女は最初こそ早瀬の姿を目にすらすらと言葉を連ねていたが、その視線を僅か移しこの場に早瀬以外の人物の姿を認めると、大きめのその黒瞳を一度ぱちりと瞬かせ。次いで面白いほど瞬時にその頬を朱に染めた。


「あ、あ……す、すみません! わ、私……お見苦しいところをお見せして……っ!」


わたわたわた。慌てた様子で挙動不審に不自然な形で意味もなく手を振り、それからすぐに頭を下げるこの少女。確か名を入峰といっただろうか。その仕草にまたも微かに既視感を覚え、梓董の目が僅かに細まる。けれどやはり今回もまた、その糸を手繰りきることはできなかった。


「琉乃。もうそんな時間か」
「うん。みんな待ってるよ」


早瀬に言われ冷静さを取り戻したのか、入峰はそう伝えると改めて梓董達の方へと向き直る。直後に、今度はその頭がゆっくりと礼儀正しく下げられた。


「早瀬がお世話になりました。部の人達が待ってるので、今日はこれで失礼させていただきます」


なんともまあ、律儀というか堅い少女だ。深々と頭を下げ告げる彼女の傍らで、早瀬がどこか居心地悪そうに頭を掻いている。名前で呼びあっているその姿が自然であることから、おそらくそれなりに親しい間柄にあるのだろうと思われるが、こうしてみると入峰が早瀬の保護者のように思えて仕方がない。

年齢的には逆だろうが。

とにかく。入峰の言葉から察せるように、どうやら二人は急いでいるらしい。といっても、それは勝手にここに来ていた早瀬に原因があるようだが。

最後まで律儀に挨拶を述べた後早瀬と共に去っていく入峰は、少し歩いた後ふとくるりとこちらへと振り返り、ぱたぱたと足音を響かせ何故かもう一度梓董達の元まで戻ってきた。どうしたのかと訝しむ梓董達の前で立ち止まった入峰は、少しばかり緊張した面持ちで、けれど己を奮い立たせるかのように僅か息を吸い込むと、真っ直ぐに梓董を見上げ見つめる。




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