頼れるのは自分だけということか



なんだかんだ日は過ぎ行くもので。一週間などあっと言う間だったと気付くのは、終わりが近付くその時なのだ。


「ごめんね。本当は戒凪に手間かけさせるつもりなかったんだけど……」


申し訳なさそうに眉尻を下げ告げる白い少女は、つい先程まで皿やタッパーに小分けにした食べ物の処理の仕方を梓董にあれこれ言伝ていたばかりで。そのほとんどがレンジを使うか簡単に火を通し直す程度で食べられるよう加工が済んでいるため、彼女が言うほど手間になるようなものはなかった。あるとすれば米を研ぐくらいだろうか。まあそれも手間というほどのことではない。


「このくらい何ともない。イルの方がよっぽど大変だっただろ」


そう、今日明日に限らず。この一週間毎日寮生全員の朝食と夕食を作り続けてくれたイルに、梓董は心から感嘆し、また感謝もしていた。
他人のためによくそこまでと、本当に凄いと思う。とてもではないが梓董には真似できないし、しようとも思えないことだった。


「ううん。みんな喜んでくれてたし、楽しかったよ」


だからだいじょうぶ。そう言って笑う彼女の笑みに嘘はなく、だからこそ梓董は小さくそうかと呟くに留める。そこに僅か浮かんだ微笑がプラスされていることは、本人の意図していないものだったが。


「じゃあ、ごめんね。後をよろしくお願いします」
「わかった。イルも頑張って」
「うん。戒凪も頑張ってね。あたしは、戒凪を応援してるよ」


笑顔で告げる彼女は、梓董と共に台所を後にしラウンジまで戻ると、少しばかり大きめの荷物を肩から提げる。それと一緒に、テニスのラケットが入っているのだろう、黒いケースも手に取った。

いってきます。
紡ぐ彼女の先程の言葉の一部にどこか引っかかりを覚えた気がしたが、あまりにそれが曖昧だったため梓董は気のせいということにし、玄関を出て行く彼女の背を見送っていた。










《08/01 頼れるのは自分だけということか》










明王杯を明日に控えた今日。実は今日からイルの所属するテニス部では、一泊二日で練習試合を行いに行くとのことで。行き先は確か……八十稲羽とかいっただろうか。とにかくそんなわけで不在となる彼女は、作り置きしていた二日分の料理の処理方法について今朝方しっかりと梓董に伝えていった。

自分が不在だというのにきっちりいつも通り皆の食事を作っていくなど、どれだけマメなのかと感嘆してしまう。いない間の分くらい放置していっても誰も文句は言わないだろうに。

そうは思えどありがたいことには変わりないので、今日の部活が終わり帰宅した梓董はそのままイルに言われた通りの作業に向かう。その際律儀にも山岸と岳羽が手伝いを申し出てくれたが、それはもちろん当然の如く断っておいた。

何のためにイルがわざわざ梓董に頼んでいったと思うのか。頼れるのは自分だけだとそれほど大袈裟に言うつもりはないが、かといってそれが過言だとは決して思えない。動いたのが梓董だったからかアイギスも手伝いを申し出てくれたが、それも一応断っておいた。

機械だからという理由からすれば任せられそうな気もしないではないが、けれどあの融通のきかなそうな様子からして拭いきれない不安を前に、今試してみる気にはどうしてもなれなかったのだ。

そんなわけで梓董が一人、イルに言われた通りの作業をこなし並べた夕食は問題なく皆に満足してもらえ。常の通りだからと後片付けを率先して始めてくれた岳羽と山岸に後を任せ、梓董は二階のホールでのんびりと寛ぐことにした。
そこに同伴したのは、やはりと言うべきかアイギスだ。部屋に戻るべきだったかと僅か思う梓董の正面のソファに腰掛けた彼女は、ただ真っ直ぐに梓董を見据える。


「イルさんの料理はお見事であります。人が一日に摂取すべき栄養バランスとその量をほぼ完璧に把握してあったであります」


……驚いた。
まさかアイギスの口からイルを褒めるような言葉が紡ぎ出されるなんて。

意外で予想外な出来事に、梓董は思わず軽く目を見開きアイギスを見やる。その視線を受けてかは定かではないが、アイギスの視線がこれまた珍しく僅かに落とされた。


「……イルさんのあなたに対する好意は認識できました。ですがそれでも彼女はダメなのであります」


……また始まるのか。

ダメだダメだと明言する割にその理由は明確にできないと彼女は言う。機械なのに、というのは偏見だろうが、それにしたって人一人をこうも否定するのだからそれに見合う理由を求めるのは当然だろう。

まあ理由を知ったところで納得できるかはまた別の話なのだが。




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