初登校
「はーい、じゃあ皆ー、席着いてー。今日はまず転校生から紹介するわ。……てかまた転校生? 立て続けにしかもまた私のクラスって……」
朝のHR。
二年F組の担任である鳥海が、教壇に立つなり声を張る。どこか訝しそうに眉根を寄せた彼女だが、それはすぐに「まあいいわ」の一言で打ち切られた。
「名前は……イル? 何? 海外から来たの?」
「いえ、あの、わけありで」
「わけ? まあいいわ、とりあえず席だけど……」
イル、と名乗った少女の名が本当にイルだとは思えないが。
どうやらそれで認められたらしい。
当の本人が頑としてその名しか告げないのだからどうしようもなかったのだろうが……。
桐条パワー、恐るべし、と。
伊織と岳羽は内心で驚嘆だか呆れだかの溜息を吐いていた。
《4/28 初登校》
「にしても、ここでもそのパーカーなんだ」
休み時間。
イルの席に集まった面々の中、イルの姿を目に、岳羽が呆れているのか溜息混じりに呟いた。
正直、制服を無視してピンクの上着を着ている人物に言われる筋合いはないだろうと思えた梓董だが、面倒なので黙っておく。
岳羽の指摘通り、制服の上にあの白のパーカーを纏ったイルは、彼女の言葉を特に気にした様子もなく、どうやら別の理由からどこかそわそわと落ち着きのなさをみせていた。
「イル?」
「へっ? あ、な、何? 梓董くん」
びくり。梓董に名を呼ばれたイルは不自然なほど肩を跳ね上げさせ、慌てた様子で取り繕ったような笑みを浮かべる。
その様子を訝しみ、問おうとしたその時。
「おーい、梓董、今日部活行くだろー?」
こちらに近付いてきながらそう声をかけてきたのは、梓董と同じ剣道部に所属する宮本。そう言えば今日は活動日だとぼんやり思う梓董の前で、不自然なほど素早く何故かイルがフードを被った。
それはもう、目深に。
「へ? あれ、転校生、だよな? え、何で帽子被んの?」
当然の如く困惑する宮本だが、それも仕方のないものだろう。
何せ、タイミングから考えて、イルがフードを被った理由というか原因が、宮本にあるように思えて仕方のないものだったのだから。
二人は今日が初対面であるはずなのに、一体何故。
疑問に思うのは梓董達だけではなく、宮本にしても同じようで。いやむしろ、当人である分、それは宮本の方が強いもののようだった。
しかしイルはそれには答えず、とにかく見えている口元だけで笑みを刻む。
「はじめまして、イルって言います。よろしく!」
「あ、あぁ……よろしく……って、その帽子」
「あーっと! あたしちょっと用ができたから、また後で!」
あからさまに不自然に。
まるで逃げるように身を翻して教室から出て行くイルを目に、宮本が呆然と呟いた。
「……なあ、俺、何かした?」
居合わせた人物達は生憎皆、さあ、としか返答を持ち合わせてはおらず。
イルの奇行は謎のまま持ち越されることになった。
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