あおにかわす



「こんばんは。今夜もここにいたんだね」


にっこり。微笑む少年は、見上げたアオが緩く細められるその様子を目に、口元に描いた弧を嬉しそうに深めた。










《07/30 あおにかわす》










もう半ば恒例となりつつある青い少年と白い少女との逢瀬。まあ逢瀬と称すには些か語弊があろうが、心情的には似たようなものだろう。少年にとっても、少女にとっても。


「へー。賑やかになったなあって思ったら、そんなことがあったんだ」


屋上の端に並んで腰掛け宙に足を投げ出し談話する。談話、といっても話をするのは専らイルの方で、ファルロスは概ね聞き手に撤しているのだが。

そんな中で前回会いに来た時よりも増えた寮のメンバーについてファルロスが尋ねれば、イルから返ってきたのは珍しく苦い顔。それに興味を引かれ、何があったかと問いかければ、彼女は溜息混じりに苦笑して大したことではないけれどと前置き告げた。

対シャドウ兵器である彼女のことを。


「それで彼も苦々しそうな顔してたんだね」
「へ? そうなの?」
「うん。詳しくは話してくれなかったけど、あの彼がわかりやすく表情に出すなんて珍しいからちょっと気になってたんだ」


ここに来る前にファルロスが訪れたのは、当然というべきか梓董の元で。寝かせろという抗議はもはや常套句で、ファルロスが気にすることは全くなかった。訂正するならば、最初から気になどしていなかったのだが。

それはまあファルロスにとっていつものことなのでどうでもいいとして。それと同じくいつものように一週間後に迫った満月についてを軽く忠告した後、今回は新たに増えた仲間についてを問うてみたわけなのだが。何の気なしにただの世間話程度に口にした話題が、まさかの反応を引き出してしまい、問いかけたファルロス自身も思わず驚いてしまった。

仲間のみんなとは、うまくやれてる?

ただそれだけの問いに、あの梓董があからさまに苦々しそうな、辟易したような表情を浮かべたのだ。

面倒だ、とありありと訴えてくるような表情や態度は見慣れているが、まさかそんな反応が返ってくるなどと思ってもいなかったファルロスは、興味本位で何があったか尋ねてみた。が、返る言葉は寝かせろだけ。何を語ることもない梓董に渋々退いて、ファルロスはイルの元に向かうことにしたのだ。

そうしてようやく、ここでその理由を知れるに至る。

イルのことをダメだダメだと言うことには、彼女自身気にもしていないようだが、問題はダメだダメだと梓董から極端に遠ざけようとされていることの方にあるらしい。梓董を何より優先する彼女にしたら、タルタロスの探索でさえそうした態度を崩そうとしないアイギスには困り果てる他ないようで。見かねた梓董が、メンバーを組む際、アイギスを連れていくならイルを、イルを連れていくならアイギスを外すようにしてくれてはいるらしいのだが、だからといってそれが解決に繋がることは決してなく。だからこそイルや梓董の表情が晴れることはないようだった。


「まあ、その彼女がイルにダメだっていう理由もわかるんだけどね」
「ねー。……でもあたしは戒凪の不利益になることなんて絶対しないのに」
「そうだね」


わかっている。そう、ファルロスには全てわかっているのだ。

アイギスがイルをダメだというその理由も、イルは絶対に梓董を裏切ったりなどしないというその事実も。

わかっているからこそ、イルの悩みは手に取るように理解できる。


「……でもさ、何とかなるんじゃないかな、きっと」
「……へ?」


突然のポジティブ発言に思わずきょとんと目を瞬いたイルの視線を受け、ファルロスは自然と表情が緩んでいくのを自覚していた。

だいじょうぶ。何故か強く、そう思う。


「大丈夫だよ。イルなら、きっと」


そう、彼女なら。

根拠も何もないけれど、でもそれでも何故か確信は抱ける。

イルなら、この少女ならきっと大丈夫。きっと、アイギスにだって伝わる日が訪れるはずだ。

だって彼女は……。


「イルは、どこまでも自分に真っ直ぐだからね。疑う必要なんてどこにもないよ」


正確には、梓董を大切に想う自分に真っ直ぐ、だろうが。とにかく、それに逸れるようなことなどするはずがない。

ファルロスがそう確信を抱けるのは、彼女が自分と似ているからかもしれないが、でもそれはきっと、共に過ごす月日がカバーしてくれるはず。

共に過ごして、彼女を知ればアイギスにも伝わるはずなのだ。

だいじょうぶ、と。


「……ありがとう、ファルロス。やっぱりキミも優しいね」


嬉しそうに微笑む彼女が紡ぐ言葉の接続詞は多分、梓董を想って向けられたもの。それが何だか少しだけ嬉しいだなんて、暖かなこの感覚が僅かに不思議でどこかくすぐったい。


「じゃあ、もう行くね。また、会いにくるよ」
「うん。またね、ファルロス」


手を振り笑うイルの言葉は耳に心地良く。ファルロスはにっこり大きく笑みを返し、いつものように闇夜に溶けるようにただ静かに消えていった。








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