名犬



暗く暗く落ちる闇。無音に支配された静寂の中、歪に聳える不気味な塔。周囲に点在するは人の身の丈ほどの漆黒の棺桶。地を、建物を、赤く濡らすそれが、月の下で更に不気味に照らされていた。

……影時間。

本来存在しないとされるその時間の中、静寂に支配された寮の中を切羽詰まった声が響く。


「お休み中に、ゴメンなさい! 実はシャドウの反応が見つかったの! 急いで4階に集合してください!」


かくして。梓董の安眠は今夜もまた妨げられたのだった。










《07/29 名犬》










山岸からの唐突な召集は、市街地からシャドウの反応を偶然感じ取ったことに起因していたらしい。満月にはまだ早いというのに何故と戸惑う伊織や岳羽に、山岸は静かに首を振り否定した。そのシャドウの反応は大型のものではなく普通のシャドウのものだ、と。

しかしシャドウには本来、タルタロスの外で暴れたりする習性はなく。大型シャドウこそその例外なれど、今回のこれは異常事態に他ならない。山岸や岳羽、伊織らが困惑する中、先んじて作戦室に居合わせていた桐条はさすがというべきか冷静を欠くことなく。彼女の告げた言葉により、シャドウが出没した場所が長鳴神社の参道前辺りであることと、そこに真田が一足早く先行していることを知らされた。

ちなみに。残る三人である梓董とイルとアイギスは、やはりというべきか揃って全く動じた様子も見せず。基本物事に関心の薄い梓董はその特性を発揮したに過ぎないが、イルもどこか他人事のように聞いている風だった。へー、そーなんですかーと、その顔に書かれているように思える。

まあともかく。大型ではなく普通のシャドウであれば真田一人でもあまり心配はないだろうが、それでも一応念のため、皆も現場へ向かうことに決まり。いざ準備をしようとしたその時、丁度タイミングを見計らったかのように真田から通信が入ってきた。

曰わく、彼が駆けつけた時には既にシャドウは無事倒された後だったようで、その際怪我をしてしまった者がいるとのこと。できれば助けたいと続いた言葉を受け、皆は今度こそ現場へと向かうことにした。










そうして辿り着いた長鳴神社。その階段前で真っ先に目に入ったのは身を屈めているらしく低い位置にある短い銀の髪。ひとつ年上の先輩である真田の姿だ。

彼はこちらの足音に気付き振り向くと、ここだと皆を呼び寄せ再び視線を落とす。その視線の向く先を追えば、そこには赤に侵された白が静かに横たわっていて。


「キューン……」


切なげな高いその声が、その白から小さく吐き出された。

……声は声でもこれは……。


「え、コロちゃん!? コロちゃん! しっかりして、コロちゃん!」


白いそれの正体にいち早く気付いたらしい山岸が、慌てた様子で駆け寄り膝をつく。彼女に倣うように岳羽とイルが同じように白いそれの傍で膝を折った。

どうやら白いそれはこの辺りで有名なコロマルという名の犬だったらしい。外出した際に梓董も幾度か見かけた覚えがあった。

とりあえずコロマルのことは山岸達に任せることにしたらしく、その場から立ち上がった真田が梓董達の元まで歩んでくる。


「全く……大したヤツだ。何しろ犬がシャドウに立ち向かって、しかも、倒したんだからな」


感心するように、優しい眼差しをコロマルへと向ける真田の視線を追えば、とにかく怪我だけでも治療しようとディアラマをかけているイルと岳羽の姿が目に入った。失血量がどの程度かはわからないが、とりあえずそれで失血死だけは免れただろうと思われる。

そんなことを考えている間に、犬の意志が読めるらしいアイギスにより、コロマルは神主が亡くなった場所であり神主と過ごした場所でもあるこの場所を守るために戦ったのだと知らされた。


「とんだ変わり種も居たもんだ……」


呆れも含んだ真田の言葉には梓董にも同意できるものがある。

謎だらけの妙な少女に機械仕掛けの人型兵器、そして更には犬までも。シャドウと戦えたということは、多分コロマルにも適性があるのだろうが、本当に真田ではないが多様過ぎるだろうと少し思う。

とにかく、コロマルのことは影時間が明けた後に獣医の元へと届け、それから理事長へと報告をし、そうしてやっと解散の運びに行き着く。

皆と寮に帰る間、欠伸を噛み殺した梓董は、今日の強化練習中居眠りしそうだなと一人思っていた。








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