料理は修正するほど嵩が増します



「……昨日は本当にごめんなさい!」


今日の強化練習を終えて。帰宅したイルが夕食作りに取りかかっていたところ、昨日願いに願ってこの一週間は立ち入り禁止とさせてもらった台所にやってきた岳羽と山岸が、揃って声高に謝罪を述べた。










《07/28 料理は修正するほど嵩が増します》










梓董と天田の分の朝食と夕食を作るはずが、寮生全員の分と変化を遂げた昨日。それを一人で全部賄うのは大変だろうからと、出資をしてくれる桐条は別として、何もしないわけにはいかないと手伝いを申し出たのは岳羽と山岸の二人だった。その心遣いをありがたく思ったらしいイルは嬉しそうにその申し出を受け入れてくれ。だからこそ二人は昨日の夕食作りから早速手伝うことにしたのだ、が。

……何というか……二人は揃って料理が苦手だったりした。

人間、気持ちだけでどうにかなるものとならないものがあるわけで。そのどうにかならないものの部類に入ってしまった料理は、作った本人達でさえ思わず目を背け口元を手で覆ってしまったほど。少し前に異臭騒ぎを起こした犯人こそ山岸だったが、岳羽もなかなかどうして、さすがに山岸ほど酷いものは作らないにしろイルが笑うしかないといった表情を浮かべたことにも納得できる。

大会のための精力作りに栄養云々言えるレベルには到底至れないその腕前に、この一週間だけは台所に入らないでくれと半ば哀願じみて告げたイルの言葉には、岳羽も山岸も頷かざるを得なかった。二人が任された料理を必死に手直ししているイルの姿にとてつもない罪悪感を覚えたのは、もちろんまだ記憶に新しい。炭化してしまったりしていない限り修正に修正を重ねて何とか食べられるレベルまで持ち直させたイルには、本当に尊敬の念を強く強く抱いた。

まあそんなこんなで。昨日ももちろん謝ったのだが、一応もう一度謝っておこうとイルの元を訪れ頭を下げる岳羽達に、イルは一瞬きょとんと瞬き。次いで僅かに苦笑した。


「そんなに気にしなくていいよ。誰にだって得手不得手はあるものだし。ね」
「……うん」


諭すように紡がれ、やはり申し訳なさは残るものの岳羽も山岸も小さく頷く。あたしも勉強苦手だし、と続いたその言葉には岳羽達の方が苦笑してしまった。


「ねえ、イル。それならせめて食器洗うくらいするよ。やっぱ、食べさせてもらうだけっていうのは気が引けるし」
「あ! そうだね。私もゆかりちゃんと一緒にやらせて。そのくらいならできるから」


少しばかり柔らかさを取り戻した空気の中、食事を作る手伝いはできずとも、せめて。せめて、その片付けくらいになら貢献したい。そんな思いを抱いた岳羽達の提案に、イルはすぐさま嬉しそうに笑みを返した。


「本当? 凄く助かるよ! ありがとう!」
「お礼なんていいよ。そのくらいしかできないんだもの」
「そうそう。片付けは私達に任せて、イルは料理に専念してよ」


山岸が、岳羽が。気持ちをカタチにする自分なりのその方法を見つけ破顔する。それにイルも笑みを返したところでこの話は一度これで収束を見たのか、岳羽達は約束通り揃って台所を後にした。

……かと思った少し後。再び調理作業に戻っていたイルのもとに戻ってきたのは山岸で。今度は一人で来たらしい彼女は、おずおずと入り口付近から顔を覗かせイルの様子を伺いつつ小さな声音で口を開く。


「あ、あの、ね。イルちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「へ? お願い?」


何? と。動かし続けているその手はそのままに、軽く首だけを傾げてみせるイル。そんな彼女に、躊躇いがちにながらも山岸はそのお願いとやらを口にする。


「私に、料理を教えて欲しいの」


実は密やかに料理の練習をし、更には自分で部活動以外に同好会も作り、苦手な料理が得意になれるよう頑張っている山岸。時間がある時には梓董がそれに付き合ってくれているが、未だ旨い料理どころか料理らしい料理すら出せていないでいる。顔色をステータス疲労並に悪くしながらも絶対に完食してくれる彼の漢気にはとても感謝しているし、また嬉しくも思っているのだが、だからこそ余計にもっとおいしい料理を作りたいと思ったのだ。


「駄目、かな?」


自分一人で作っていてもどこが駄目なのかも何をどうすればいいかもわからない。それなら料理ができる人に教われば、きっと上達できるはず。……少なくとも、きちんと人が食べられるくらいには。

少しばかり目標が低いような気もするが、そんな風に願った山岸からのお願いに、イルはきょとんと目を瞬かせ。次いですぐに笑みを浮かべて頷いてくれた。


「あたし、人に教えられるような技術持ってないけど、それでいいなら構わないよ」
「本当!?」


イルのそれが謙遜か嫌味かと言われれば多分前者の方だろうが、料理の腕が壊滅的な山岸にしてみればこうしておいしい料理を作れることが既に尊敬に値している。了承を示されたことで思い切り表情を輝かせた山岸に、イルも満更でもない様子で微笑していた。


「んじゃ、戒凪の大会が終わってから始めようか」
「うん! ありがとう、イルちゃん!」


目標、休み明けには梓董が顔を青くしないで食べられるお弁当を作れるようになること。

それが夢物語でもないような気がしてきて、山岸は足取り軽くラウンジへと戻っていった。









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