あれよあれよと流されて
「でも助かってるのは事実だし……あ、そうだ! 今日は天田くんの好きなもの作るよ! 何食べたい?」
「え?」
お礼に対するお礼。これでは堂々巡りになるのではないだろうか。
そんな風に思いながらも見上げた先で出迎えたイルは、にこにこにこにこ笑みを浮かべて楽しそうで。何がそんなに楽しいのかはわからないが、だからこそ変に大人ぶって断ることにも気が引けた。
天田は少しだけ悩んだ後、僅かに恥ずかしそうに視線を落とし、それでもぽつりと小さく告げる。夕食に食べたいリクエスト、を。
「……オムライス。オムライスが食べたいです」
子供っぽいと思われてしまうだろうか。言わない方が良かったかもしれない。きっと、朝食があまりにも暖かすぎて、気が緩んでしまったのだ。
期待して、しまった。
手作りのオムライス。感傷に浸るつもりも、ましてや記憶の中の母が作ってくれたそれと比べるつもりだってないけれど。でもそれでも。
願って、しまった。
やっぱりいいです。慌てて続けようとしたそれを封じるように、イルから返ってきたのはやはり満面に彩られた優しい笑みだった。
「オムライスか〜、いいね。あたしも好きだよ! ケチャップとかデミグラスとか幾つか作って、取り分けられるようにしようか。あ、いつか食べたたこ焼き風ってのも何気においしかったからチャレンジしてみようかな〜」
「た、たこ焼き、ですか?」
「うん、だいじょうぶだいじょうぶ、ちゃんと味見するから!」
あまり想像のつかない組み合わせに思わず言葉を詰まらせてしまったが、朝のあの食事を見る限り不安に思う要素は特にないだろう。楽しそうにメニューを考え口にするイルの姿に、天田は知らずつられるように笑みを浮かべていた。
高校生達に混じってただ一人の小学生であるということも相俟って、今回提案されたこの寮生活、実は内心かなり緊張していたりもしたのだが。
少しだけ。
少しだけ、楽しくなってきたな、なんて。
今夜の夕食に思いを馳せながら、足取りが軽くなっていくような気がしていた。
……余談だが。
この日の夕食は人数が多いという点を除いてもやけに量が多く、また、夕食を作り終えたイルがこの上なく疲れ果てていた理由を、天田が知ることはなかったが。そんなイルにどこか申し訳なさそうな視線を向けている岳羽と山岸の様子を目に、梓董は全てを察した、とか。
とりあえず味や品数等々は皆に大好評の中、今までにないほど明るく賑やかな夕食タイムは緩やかに過ぎ去っていったのだった。
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