あれよあれよと流されて
「お。うまそー! なになに、朝からどうしたわけ、これ」
真っ先に食いついてきたのは予想通りというかなんというか。ラウンジのキッチン近くのテーブルに並べられた二人分の和食を目に、降りてきて早々伊織が声を上げた。
あたたかな湯気をたゆたわせる白米に、大根と麩の味噌汁。きゅうりの塩もみや厚焼きたまご、焼き鮭と、これはもう誰が見ようと立派に朝の和定食。それはこの寮の者たちは普段あまり口にしない、きちんと手作りした料理の並びで、目を輝かせる伊織の気持ちもまあわからなくはないと梓董も思う。
というか、そもそも伊織は運動部に所属していないのだから、夏休みにまでこんな早起きをする必要はないのではないかとひそり思った。こういう時ばかり鼻が利くというかなんというか。朝からもたらされた騒々しさに辟易し息を吐く梓董の傍らで、梓董と同じメニューの朝食を前にした天田が、居心地悪そうに身を縮めた。
今更ながら、ちょっと大人気ないのではないか伊織と思う。
「ちょっと順平、朝から何騒いでんのよ」
「わ、すごい! 朝食、作ったの? 梓董君」
伊織の声に招かれるように……実際にはたぶん丁度降りてきたところでたまたまこの場面に出くわしただけだろう、岳羽と山岸が交互に声を上げた。先に梓董達の目の前に並ぶ朝食に気付き感嘆に言葉を彩ったのは山岸の方だったが、彼女同様それを視界に認めた岳羽からもどこか尊敬の混じった視線が向けられる。
「……いや、俺が作ったんじゃない」
軽く答えると同時、騒ぎを聞きつけたのか、見計らったかのようなタイミングでキッチンの奥から姿を現した料理人は、いつの間にか増えていた人口に目を瞬かせ。そんな彼女に自分の分もと伊織が告げるまでにそう時間はかからなかった。
……とりあえず。
食事くらい静かにとらせて欲しいと、心の中で強く思う。
《07/27 あれよあれよと流されて》
まあ予想できなくはないことではあったよと、自分が悪いわけではないがなんだか自分のせいでもあるような気がして謝る天田に、イルは天田くんのせいじゃないと笑って答え、それに続けた。
天田が梓董たちの暮らす寮に夏休み中だけ世話になることが決まった先日。一週間だけだが朝食と夕食を作るとイルが提案してくれたのは入寮した日の翌日、昨日のことだった。
寮に住まう数人の生徒たちはどうやら皆自炊をあまりしないらしく、自分たちで適当に外食したり何か買ってきたりしているのだと真田から聞いた。天田もそれができるようにと、金銭的な支援は月光館学園の理事長である幾月がしてくれることになっている。元より母子家庭であった天田のただひとりの庇護者は既に事故で亡くなっており、それから暮らしていた寮に食堂もあるにはあったがあまり利用しておらず、家庭的な料理から少しばかり縁遠くなってもうだいぶ経つ。だからというわけではないが、食事は自分でというそのスタイルに、特になんの感慨を抱くこともなかった。
が、それはイコール手作り料理を食べられることにも何も思わないわけではなく。イルの気遣いに申し訳ないとは思いつつも最終的に感謝し頼ったのは、やはり家庭的なぬくもりへの恋しさがあったからだろう。
子供扱いはされたくないが、そこは梓董の分も作るからというその言葉に絆されてしまったわけだ。
とにかく、そんなわけで世話になることになったイルの作る朝食は、目を見張るほど豪華というわけではなかったが、家庭的なぬくもりに溢れた暖かな和食で。口に出すことは子供らしくありたくない自分が邪魔をしたが、それでも気持ちが上昇してゆくことまでは抑えきれず。
嬉しい、と感じたことは事実。
けれど。
それを伊織に目撃されてしまったが故に、芋づる式……という表現もまあいい得て妙だろう、最終的にイルが寮生皆の食事を作ることに落ち着いてしまった。みんなの分も作ろうかと告げたイルに、遠慮よりも食欲を表面上にまで出していたのこそ伊織だけだったが、共にいた岳羽や山岸も遠慮する様子が僅か薄く見えたのは気のせいでもあるまい。
ひとりではさすがに大変だろうからと、山岸と岳羽は手伝いも申し出ていたが、それはさすがに頼りきりになるのは申し訳ないと思ったからだと思われる。
そうとなれば残る人達も仲間外れにするわけにはいかず、それこそがイルが寮生全員の食事を作ることになった過程の詳細だったりするわけだ。
で、そんな中、天田が取った行動はというと。
「ありがとうね、天田くん。買い出し、付き合ってくれて」
「いえ、このくらい当然ですよ。僕の方こそおいしいご飯を作ってもらって感謝してるんですから」
そう、天田は今、部活帰りのイルと待ち合わせして、彼女の買い出しに付き合っていた。当初より作る量が大幅に増えたため、買い置きしてあった分の食料では足りなくなってしまったのだ。
買い物にかかる費用は話を聞いた桐上が負担すると言ってくれたためその言葉に甘えている。
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