夏休みは計画的に!



「……アイギスなら桐条先輩のとこ。教えることはたくさんあるみたいだし」


アイギスは知識は豊富だが、それは堅苦しい枠に収まったデータというものでしかなく。臨機応変という言葉自体はインプットされていようとも、それを実行しているかといえば肯定はできない。周囲の思う常識からも大分外れているように思えた。

桐条がアイギスと何を話しているかはわからないが、想像には難くなく思える。

そんな梓董からの言葉を受け、イルはラウンジの奥……階段の方へと視線を馳せた。見えるわけもない桐条の部屋にいるだろうアイギスの姿を見ているのだろうか。

わからないが、彼女は視線をそのままに、ぽつりと小さく……けれどはっきりと聞き取れるほどの声量で呟いた。


「……アイギスが、あたしのことをダメだって言う理由、本当はね、あたしにはわかってるんだ」
「初対面じゃなかった、ってこと?」


唐突に告げられた言葉に、どういうことかと思い至った理由を問えば、イルは緩々と首を振る。そうして再び梓董へと向き直った彼女は、真っ直ぐにこちらを見据えつつ、ゆっくりとその唇を動かし始めた。


「初対面だよ。会ったことは、なかった。……でもね、知ってるの。知ってて、わかってて……だけど、言えない。今は教えられない」


言い切って伏せたアオイ目と、それから続けられた消え入りそうなごめんねという言葉。

寝耳に水というほどまでに驚きはしなかったその理由はたぶん、彼女自身が元々謎に包まれているから。今更その謎を改められたところで、元より謎であったことに変わりないのだ。

アイギスは対シャドウ兵器。そんな彼女が敵だと告げたその理由として思い至る可能性は、初対面ではなかったことを考慮するとただひとつ。

イルが、シャドウであるということ。

おそらく誰もが頭に思い描きはしたであろうそれを、けれど誰一人として口にしなかったその理由はもちろん、全く現実的ではないから。イルはどう見てもひとであるし、シャドウの特徴とも言えるひとの魂を喰らうなどという行為も当然しない。抱える謎は多けれど、シャドウであるという要素はどこにもないのだ。

彼女が告げるその理由が気にならないといえば嘘になるが、けれど彼女は確かにこうも言った。



――今は、教えられない、と。



それはつまり。


「いつか、言える日が来るってこと?」


問えば、彼女の伏せられていた目が再び梓董へと向けられ、揺るぎなく見据えてくる。

真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに。


「もちろん。話すよ、絶対。戒凪にはきっと、聞く権利がある」


なんだか随分と大袈裟な言い回しのような気がするが、彼女の真剣な眼差しを前にその内容の片鱗を垣間見たような気がして、梓董はただ小さくそう、と返すことしかできなかった。

イルは絶対に言うと言ったのだ。彼女はその言葉を違えるような人物ではない。他人になど興味がなかったはずの梓董は、こうも強くイルを信じている自分に驚くが、それは決して不快などではなく。それはきっと、日を追うごとに色を増す白いキャンパスの中心にいる存在こそが彼女であるからなのだろうと、どこか遠くそう思った。


「……じゃあ、訊かない。でも、アイギスの行動が改まらないようなら対処は考える」
「戒凪……」
「このままだと戦闘にも支障が出るし、それに」


何よりも。




「イルは、仲間だ」




まさか梓董の口からそんな言葉が出てくると思っていなかったのか、それともそれを自分が受けられると思っていなかったのか。おそらくその両方からだろう、イルの大きな目が、更に大きくこれでもかと見開かれた。

けれどそれも一瞬で、彼女はすぐに表情を緩めると、照れたように嬉しそうに、柔らかな笑みを浮かべてみせる。その表情は幸せそうにも見て取れた。


「ありがとう、戒凪。すごくね、嬉しい」


へへ、と頬を染めて笑う目の前の少女を目にこみ上げてくるこの感情は一体何か。ふわりと暖かいような、けれどそれを通り越して胸をぎゅっと締め付けるほどに熱いような。言葉を得ない感覚。

それはまだ確かなカタチを持たないけれど、それでもなんだかとても心地良い。少し苦しい気もするけれど、不快感は全くなかった。

どことなくふんわりと柔らかな空気が流れる中、しばらくしてからふと思い出した様子でイルが軽く手を叩く。何事かと思えば、今度はいつもの明るい笑みを浮かべ直した彼女が、目の前のテーブルに両手をつき、軽く身を乗り出してきた。




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