さらば屋久島
似合ってるって! 超バッチシ! などと、自分が問われたわけでもないのに軽いノリで、けれど思いきり力を込めて告げる伊織は、やはり水着姿なら何でもいいのかもしれない。まあ多少の選り好みはあるだろうが。いや、伊織に関しては多少どころではなく見た目を重要視する傾向にありそうに思える。それこそ偏見だが。
とにかく、本来問われたのは梓董であって伊織ではない。イルが待つ答えは梓董にしか出せないものだ。そしてその答えは既に決まっていた。
「似合ってるよ」
答えながらの小さな微笑はもちろん天然でかつ無意識。伊織のような下心満載なそれとは全然違う、純度の高い笑み。
いざという時にさらりとこういうことが言えてしまうところや、何気ない表情の変化などが多くの女の子を惹きつけてやまないことを、梓董自身は気付いていない。だからこそ、小さくお礼を言いながらイルが顔を赤く染めた理由を、少し前の夜同様全くわかっていなかった。
天然とは恐ろしい。
「なんだよなんだよイル〜! 俺ん時とは随分態度が違うじゃねえか」
「え、あ、や、そんなつもりはないんだけどね」
「てか当たり前っしょ。順平が下品すぎるのよ」
肩を落として講義する伊織にとりあえずフォローを入れようとしたイルの健闘虚しく、岳羽が溜息混じりにばっさりと切り捨ててしまった。まあ今回ばかりは十割岳羽の言い分が正しいので伊織への援護は入りようがなかったが。伊織は自制を覚えるか、せめて下心を隠すくらいの仮面は被るべきだとそう思う。
「ま、まあ、せっかく最後なんだし、楽しまないともったいないよ。ね?」
「風花あ〜、やっぱお前が俺のオアシスだわ」
「だからそういう言い方がキモイんだってば」
わいわいわい。
やはりというべきか、こういう時に場を取り繕ってくれるのは山岸で。そんな彼女のお蔭で機嫌を持ち直した伊織に更に岳羽からの追撃がかかるが、それはもう気にしないらしい。
よっしゃ、行こうぜ! などとテンション高く山岸を誘い海へと繰り出した伊織に、山岸本人は苦笑を浮かべながらも、フォローを入れた手前引くこともできずに彼を追う。もちろん岳羽を誘うことだけは忘れずに。
「おーい! 戒凪達も早く来いよー!」
海水に浸かりながら大きく手を振る彼の元気さはまるで太陽のよう。強すぎる眩しさに息を吐き、梓董はイルへと振り返った。
「……行く?」
面倒だけど、とは心の中で付け足して。そんな梓董にイルは小さく笑みを刻みながら頷いてみせる。とりあえず共に伊織達の元へと歩き出そうとしたのだが、そうする直前、唐突に彼女との間に一人の少女が割り込んできた。
言うまでもないかもしれないが、アイギスだ。
「あなたはダメであります。それ以上近付くことは認められません」
……だから一体何だというのだ。
人物識別のエラーが未だに発生しているらしいアイギスの態度に、小さく苛立つ。何がダメかも問題だが、梓董の傍に寄る人物まで彼女が判別することにも納得がいかない。それこそアイギスとて梓董の彼女でも何でもないのだ。
「アイギス、いい加減に……」
「あ、あたしなら構わないから! ね、戒凪、せっかくなんだし、楽しんでよ。ね、ね?」
いくらなんでも少しばかり抗議すべきかと口を開きかけるが、それを遮ったのは目の前に立つアイギスではなく、彼女に遮られるようにしてその奥に立つイルの方だった。本人にそう説かれても納得のいくものではなかったが、それでも確かにせっかくの最終日。ここで全体の空気を落としてしまっては、全く気分転換の目的は果たせなかったことになってしまう。
せめて一時でも。
この時だけでも、皆が安らぎを得られるよう。
それこそがこの島に訪れた目的の一つでもあるのだ。
わかっているからこそ梓董はイルの言葉に込められた想いを汲み、再びアイギスを諫めることはせずそのまま伊織達の方へと向かう。僅かの後、その後方からイルが桐条と真田を呼ぶ声が聞こえてきた。
先行き不安なメンバー参入者を迎えながらも、今この時ばかりは皆揃って年相応にはしゃぎ合う。
明日から戻る日常はまた、手に武器を携えた少年少女に似つかわしくない、命懸けの日々になると……知っていたから。
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