対シャドウ兵器
ダメだダメだと言い切るわりにはその理由が全く判然としない。一体イルが何をしたというのだ。
ここまで来るまでの間も、アイギスは梓董の傍にイルが近寄らないようずっと威嚇をしていたし、今もまたソファに腰掛ける位置を一番遠くに指定されていた。
梓董にしてみれば、意味のわからないことや、周囲が自分の理解を求めずに時を進めることにはもう大分慣れてきている。四月からずっとそうだったのだ、耐性がついたのだろうと思えた。
が、今のこれは今までとは違う。
胸の奥がもやもやと燻る感覚。苛立ちにも似たそれにいつも以上に無表情となっているだろうことは自分自身容易に知れた。
イルは、共に戦う仲間。その彼女がこんな風に貶められればいい気などするはずがない。つい今し方彼女に会ったばかりのアイギスに、彼女の何がわかるというのか。
徐々に下降していく機嫌を自覚しながら、アイギスから視線を逸らすように他の皆を軽く見渡す。アイギスの言っている言葉の意味がわからないと訝しむ者が多い中、話題の中心となっている人物であるイル本人は困ったような苦笑を浮かべ……。
何故か、桐条と山岸が顔を見合わせていた。
その表情はどこか困惑のような焦りのようなものが見え隠れしているもので。けれどその理由も、何に対しての感情なのかもわからないため、梓董にはただ訝しむことしかできなかった。
「フム。人物認識が完全じゃないのかもね……」
答えの出ない話にそうピリオドを打ったのは幾月。それで納得できるか否かは別としても、そう解釈すればとりあえずの説明はつく。何せまだ再起動したばかりなのだ。機械が寝ぼけるようなことがあるのかはわからないが、機能を停止する前に大怪我も負っていたというし、何か不調があるのかもしれない。
たとえ機械に疎い者にでもわかるだろう。アイギスはどこからどう見ても精密機械だ。兵器として造られた以上頑丈な造りにはなっているだろうが、中身まではわからない。とりあえず幾月の言葉の通りに認識しておけばいいと判断する。
まあ納得とは別のところでの理解なので、今後もイルに対する態度が改まらないようなら苛立ちを抱えることになるだろうが。
そんなことを思いながらふと思う。
もしもこの対象がイルではなく他の仲間に対してだったならどうだっただろう、と。例えば真田や岳羽、桐条や山岸だったなら。こんなにも自分は不機嫌になっただろうか、苛立っただろうか。伊織だったなら間違いなくどうでもよかったはずだ。
もしかしたら自分は、仲間だからではなく、イルだからこそ、こんなにも気にしているのかもしれない。……確信は、ないが。
その仮定は梓董にとって戸惑いを感じるもので。何に対しても執着といった感覚を持った覚えがない故に、その感情が理解の範疇にはない。思えば、少し前に感じた独占欲もその一つだったのかもしれないが、これはまるで……。
「……い、おいって! 戒凪!」
呼んできた声に急速に意識を思考から戻される。はたと気付けば、いつの間にか周囲にいた人の数が減っていた。
一度瞬きとりあえず声がかけられた方へと目を向ければ、そこではソファから立ち上がっていたらしい伊織が、こちらを見下ろし首を傾げている。
「大丈夫か? ボーっとして」
「……ああ」
不思議そうに見下ろしてくる彼に軽く頷けば、彼はそっかといつものように明るい笑みを刻んだ。
「んじゃ、遊びに行こうぜ。さっき幾月さんがここってレジャー施設も完備してるって言ってたしさ」
ああそうか、解散になったのか。ぼんやりと伊織の言葉を聞きながら理解し、そのまま彼の言葉を軽く聞き流しつつ辺りを見渡す。どうやら今ここに残っているのは自分と伊織だけのようだ。
アイギスがいないことに軽く安堵しながら、少しばかりイルの様子が気にかかった。大丈夫、だろうか。
「さて、行こうぜ戒凪! まずは探検だな、探検!」
……いや、まだ返事をしていないのだが。
梓董の意志などお構いなしに。歩き出した伊織に引き摺られるようにして、梓董は彼と二人、この部屋を後にすることになったのだった。
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