対シャドウ兵器
びくり。引き寄せる際に掴んだイルの手から、彼女の体の震えが伝う。震えがその一瞬のみで収まったことから、怯えではなく驚きや困惑に体が反応したといったところだろうか。
どちらにせよ、一体何だというのだ、この少女は。勝手に人の傍にいることが大切だなどと言い放ち抱きついてきたかと思えば、今度はイルのことを物扱いし、あろうことか排除するなどと宣(のたま)った。その身勝手さに梓董が思わず苛立ちを覚えたその時。
「ストップストップ! ……一体何でこんなことになってるんだい?」
軽く手を叩く音を響かせ現れたのは、月光館学園の理事長である幾月。どこかで見ていたのではないかと思えるほどにこれまた絶妙なタイミングで登場した彼の質問には、誰一人確かな答えなど持ち合わせていなかった。
その少女に訊いてくれ、だ。
幾月は肩を竦めながらこちらへと近付いてくると、そのまま梓董達の隣に立ち、イルへと視線を向ける。
「大丈夫? 怪我はないかい?」
「あ、はい」
「それは良かった」
イルの答えに安堵を混ぜた呟きを返し、幾月の視線はそのまま正面に立つ少女へと向けられた。移ろわせた視線の先にいる彼女の指先を見て、幾月から小さな溜息がもれる。
「ダメじゃないか、アイギス。勝手に出たりして」
…………。
どういうことかと訝しむ皆の視線が幾月へと集う中、とりあえず説明を受けるために桐条の別荘へと戻ることとなった。
「いやはや、心配かけて済まなかったね。もう大丈夫だ」
桐条の別荘に皆集まり、そこで落ち着いた後幾月の説明が始められる。
その内容は至ってシンプル。梓董達が杉の木の下で出会ったあの少女こそが、行方不明と騒がれていた対シャドウ兵器だったということ。
蓋を開けてしまえば何ということはない。人としてありえない形に折れ曲がった指先も、梓董がその肩に触れた時に感じた肉感などまるでない硬質感も、彼女が機械なのだと言われれば納得がゆく。
そんな一言で済ませられる技術ではないだろうが。
「初めまして、アイギスです。シャドウ掃討を目的に活動中です。今日付けで皆さんと行動を共にするであります」
そう挨拶をするアイギスは、見た目の精巧さに反してその口調は妙に機械的で、どうやら感情の抑揚に乏しいようだと思われた。もちろん、やる気がないだけの梓董のそれとはタイプが違う。
アイギスは十年前、シャドウが暴走した時の保険として計画された対シャドウ兵器の一体で、当時最後に造られた彼女は今では唯一の生き残りとなっているらしい。対シャドウというだけあり、ペルソナ能力は当然の如く実装済み。十年前の実戦で大怪我を負ってしまったらしく、今日までここの研究所で管理されていたとのこと。
それが何故か今朝になって急に再起動したらしいのだが、その理由や原因は今のところ不明だと幾月は告げた。
「あの、ところでさ、ちょっと確認したいんだけど……。あなたさっき、彼らの事、知ってる風じゃなかった……?」
ずっと気にかかっていたのだろう。アイギスの紹介が一段落つくなり、探るような眼差しで彼女を見やりながら、岳羽がゆっくりと問いかけた。
一瞬だけちらりと視線を馳せられたが、それが梓董にも問う意味のものならもう答えは告げてある。梓董はアイギスに覚えはなかった。
ちなみに、イルも初対面だったらしい。実は知っているのではという推測は、過剰だったようだ。
岳羽の問いかけにアイギスは悩む素振りも全く見せず、ただ平然とさも当然だとばかりに迷いなく答えを紡いだ。
「はい、わたしにとって、彼の傍にいる事はとても大切であります。それから彼女はダメであります」
「……は? ダメって……何が?」
「ダメなものはダメであります」
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