対シャドウ兵器



「……違った?」
「え? あ、いや、うーんと……」


言いにくいことなのだろうか。躊躇うというよりも戸惑っているように見えるイルの態度が、ますます奇妙に思えてくる。まさかその対シャドウ兵器と知り合いだというわけではないと思うが……。

……いや、イルのことだから実は知り合いでしたと言われても、さほど不思議でもないか。

そんなことを何とはなしに梓董が考えている間にも、イルは答えを探すように視線を迷わせ。やがて何かに気付いたらしく、その視線が真っ直ぐに前方へと伸ばされた。


「……あれ。女の子?」


呟くようなその言葉に導かれるように彼女の視線を追えば、周囲に連なる杉の木々よりも一際大きな一本の杉の木がそこに生えていて。その木の下に、青いワンピースを纏った一人の少女が立っていた。

短い金の髪を持つ彼女は、こちらへと背を向けるようにして杉の木を仰いでおり、観光客の一人だろうかと梓董の首が僅か傾げられる。周囲に連れがいる様子はないが、一人旅が好きだというだけのことなのかもしれない。別に取り立てて妙なところはないように思える、が。

……何故だろう。何かが梓董の中を刺激する。

胸騒ぎというほどでもない、懐古とも不安とも違うような……。ただ少し、ほんの少し胸がざわめくような、そんな感覚。

それがどこからくる何という感情かはわからないが、それを追求する間はないらしい。ふいに、少女がこちらへと振り向いた。

交わる、青と青。綺麗な硝子玉のように澄んだ大きなその瞳は、ただ真っ直ぐに梓董を捉え……。

抱きついてきた。


「あなたをずっと探していました。わたしの一番の大切は、あなたの傍にいる事であります!」
「…………は?」


何だ。何なんだ、突然。

抱きつかれて背中に回された手に僅か力が込められる。

意味がわからない。

訝りながらも視線を落とせば、どこか必死にも見える、抱きついたまま離れまいとしている少女の姿が目に映る。身長差の問題で今の梓董の位置から見えるのは彼女の金糸の髪だけだったが、それでも梓董にしてみれば見覚えのない少女に違いはない。誰かと勘違いでもされているのではなかろうか。

とりあえず離れてもらおうとその肩に手を置くと、まるで機を見計らったかのように、土を踏みしめる足音が幾つか耳に届いてきた。


「なんだそりゃ!? そんなんアリかよ!?」
「ああ、やっと居た! どこ行ってたの!? 探したんだから」


何故か落胆を色濃く宿した男性の声の主は伊織、それに重なるように上がった女性特有の高めの声は岳羽のもの。それぞれ共に真田や桐条、山岸を連れていた。

つまり今、全員がここに揃ったというわけか。……本当に、見計らったかのようなタイミングだが。

山岸が伊織や真田が水着姿のままここまで来ていたことをつっこんだり、岳羽が小さく何かをぼやいたりしていたその間に、ふと気が付けば今の今まで梓董に抱きついていたあの少女が自ら体を離していた。良かった、と感じるよりも先に気付いたそれは、彼女の視線。

少女は、何故かじっとイルを見つめている。

……いや、見つめている、などと優しいものではない。これは、この視線は……。


「……敵、補足。排除します」


がちゃん。何か硬い金属同士がぶつかり合う重々しい音がどこかから響いてきたと思えば、傍らにいた少女が自身の右手の指先をイルへと突きつけていた。その指先が、人としてはありえない形に上へと折り曲がり、中の空洞を晒し出している。

先程肩に手を置いた時に気付いたが、この少女……。

いや、今はそんなことより目の前の光景の方が大事だ。これから少女が何をしようとしているかはわからないが、どう見ても穏やかな空気ではない。

僅かに目を見開いて少女と対峙するイルは、特に何をするでもなく無防備だ。何が起こるかなんてわからないが、梓董の体の中がどくりと大きく脈打つ。

脳裏によぎるその言葉は、危険。

このままでは、危ない。

確信などない感覚的なそれに突き動かされるように、梓董は素早くイルの手を引きその小柄な体を自身の後ろへと庇うように隠した。突然のことにイルが小さな悲鳴を上げたが、答える暇はない。

金糸の髪の少女の指先が、イルを追うように梓董の方へと向けられた。


「どいて下さい。それを排除することはわたしにとって重要な任務であります」




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