対シャドウ兵器



「あー……。そんな大事じゃないんだ。ただちょっと視線が……」
「……視線?」
「うん。昨日のあの海でのことなんだけど、何か妙に視線を感じちゃって。周り見渡してもそれらしい人もいないから気のせいかなって思ったんだ。……でも」


イヤな予感がして、出かける気にはなれなかったんだよね。溜息混じりにそう吐き出したイルは、山岸には悪いと思ったがと付け加えた。

確かに昨日の話は一夜で気持ちのリセットができるほど簡単なものではなく、それぞれ当事者の身内である岳羽や桐条などは気持ちが沈んでしまっているだろうことは容易に知れる。そこに混じり場の空気を好転させようというのなら、それに要する山岸の心労は計り知れない。だからこそ申し訳なく思うイルの気持ちはわからなくもないが、例えそこにイルが混ざったとて事態に良好の兆しは見えなかっただろうとも思えた。

それよりも。彼女は今、梓董にとって少しばかり気になる話をしていた。

今の今まで忘れていたことだが、彼女が感じたという視線なら、同時期に確かに梓董も感じていたのだ。いや、同じものかはわからないが。

とはいえ梓董にしてみればそれはつい今し方まで綺麗さっぱり忘れ去っていたことで。だからこそもちろん、それに関してのイヤな予感など欠片も感じてなどいはしない。梓董が鈍感だからというわけでもないとは思うが……。


「……まあ、いいか。それじゃあ別に体調が悪いわけじゃないんだよね?」


とりあえず視線やイヤな予感云々は置いておき。ここに来た本題を思い出して問い直す。それにイルは慌てた様子で首を縦に振った。申し訳ないと、表情にありありと浮かんでいる。


「あ、うん。何ともない。その体調不良って話も、多分山岸さんが気を遣ってくれたんだと思うし」


イルが静かに休んでいられるように、それと同時に、梓董達が遊ぶための枷にならないようにといったところか。ただでさえ自身は岳羽と桐条に気を遣わねばならないというのに、こちらにまで神経を向けてしまって山岸は大丈夫なのだろうか。主に胃の辺りとか。

まあそんな山岸の気遣いもやや届かなかったようで、今こうして梓董はイル達の部屋を訪れてしまっていたりするのだが。

とにかく、イルの体調が特に何ともないと知れた以上、ここに留まる理由もなくなってしまった梓董だが、もう着替えも済ませてしまったし、今更もう一度海へと繰り出す気分にはなれなかった。そちらに関しては、イルのようにイヤな予感という奴も感じてしまっているしという理由もある。

予定外に空いてしまった時間をさてどうすべきかと思案する梓董には、今のところ二つほど選択肢が思い浮かんでいた。

一つはこのままイル達の部屋で彼女と談笑をしながら時間を潰すという選択。こちらは皆が帰ってくる前に部屋に戻っておきさえすれば、下手な詮索にも晒されずに済むだろう。万一邪推されたとしても、ずっと部屋にいたのだと言い切ってしまえばいいだけの話。

もう一つはその言い訳を実現させるという選択。つまり、本当に部屋に帰って、寝るなりだらだらするなりすればいいというもの。いつでも即座に眠りにつけるということは、梓董にとって特技の一つだったりする。

さてどうするか。少しばかり思考を巡らせていると、ふいに部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

万一これが伊織であったならここで居合わせるのはよろしくない。イルの見舞いに行くとは言い残してきたが、それが仮病だったと知れ、それなのに梓董がまだこの部屋に居座っていたとなると何を言われるか大体予想がついてしまう。

面倒なこと、この上ない。


「私だ」


しかし外からかけられた声は梓董にとっては都合良くも女性のもので。この凛とした声音はまず間違いなく桐条のものだろう。

彼女ならまあ問題ないか。別に疚しいことがあるわけではないが、だからこそ痛くもない腹を探られる面倒は避けたいもので。話して通じる相手……それも下手に食い下がってきたりする相手ではないため、梓董も余計な徒労を強いられることはなさそうだと小さく思った。


「あ、はい、どうぞ」


疚しいことがないのはイルにしても同じで。彼女は躊躇うことなく桐条を招き入れる。

室内に踏み入った桐条はそこに梓董の姿があったことに若干驚いた様子を見せたが、経緯を話せば納得してくれたようで特に何を言うでもなくここに来た本題を語り出す。




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