青い空と青い海と青い春と



飛び出していった岳羽を追ってくれと頼まれ、何故その役目が自分に回ってきたのか今一理解できないまま、それでも何故か拒否権も与えてもらえなかったため梓董が岳羽を追いかけることになった。そうして海岸で海を見つめていた彼女を見つけると、彼女は自分の想いを梓董へと思い切り吐き出し始める。それで少しは気持ちがすっきりしたらしい。最後には力なくも小さく微笑んでいた。

……吐き出すというよりも当たり散らしたと言った方が正しいが、元より感情的な少女なのだ、混乱と悲しみで自制がきかなかったのだろう。

まあともかく、それで一応落ち着きをみせてくれたのだから良しとする。当たられても深く気にする梓董ではなかったというのも、もしかしたら岳羽を追う役目を頼まれた要因だったのかもしれない。

ともかく、影時間になる前にと迎えに来た伊織と三人、ひとまず桐条の別荘まで戻ることとなったのだ、が。


「……? 伊織、岳羽と先に帰っていてくれ」
「へ? ちょ、おい、戒凪!?」


別荘の入り口まで来て唐突にそう言い残した梓董は、反射的に放たれた伊織の制止も聞くことなく二人を残して駆け出していってしまう。何が何だかと戸惑う伊織達だったが、梓董のことだし心配ないだろうと深く追求することもなく言われた通り先に中へと戻ることにした。

一方、駆け出した梓董は別荘から少し離れたその場所でようやく自身の足を止める。海の見えるこの場所は、別荘の入り口からでは丁度死角になる場所だった。そのため、別荘に向かいながら梓董が彼女の姿を見付けることができたのは、本当に偶然。更に言えばちらりと白い何かが見えたような気がしただけで、確信が持てていたわけではなかったのだ。


「……イル」


海を見つめたまま動く気配のない少女の名を呼べば、彼女は驚いた素振りも見せずに振り向く。

白い彼女は闇の中でもやはり白い。

彼女は振り向いて梓董の姿を認識するなり小さく笑いかけた。


「あ、戒凪、おかえり。えーと、お疲れ様?」
「……ん」


何と言ったらいいか言葉が見つからなかったのだろう、紡ぎながらも疑問系の響きを宿したそれに軽く頷くだけで返し、梓董はイルの隣に並ぶと彼女がしていたように海を眺める。

昼間は青々と輝いていたそれが、今は漆黒の闇を湛えていた。

寄せては引く波音と併せ、ずっと眺めていると吸い込まれてしまいそうな錯覚すら起こってくる。


「……未来は、さ」


ふいに。声をかけておいてそれ以降何を話すでもない梓董に代わり、イルが静かに言葉を紡ぎだす。ちらりと横目で彼女を見やれば、いつの間にかそのアオイ瞳は暗い海の方へと戻されていた。

ただただ、ひたすらにまっすぐに海を見つめたまま。そのまま、彼女の唇は動いてゆく。


「未来は、意のままになんかならないんだよ」


ぽつりと、けれどはっきりと紡がれたそれは先程の桐条の父から聞いた話に対してのものだろうか。じっと海を見据えるアオイ瞳はただただ静かで。何の感情も読みとらせることなく、まっすぐだった。


「何もかもが思い通りにいくなんてことないから、だから皆未来を想い、願い、歩くんだ」


きっと皆不安で、期待して、信じて、手探りで歩んでいる。

見えないそれはとてもとても怖くて、でもすごく愛おしい。

海を見つめる彼女は、一体何を想いそれを紡ぐのか。


「思い通りになんかいかない未来を、それでも願ってがむしゃらに頑張るんだよ、きっと。……未来って、難しいよね」


ごめんね、と紡ぐ声は波に攫われ闇に溶けた。

彼女が何の意図を持って……いやそもそも意図があってのことなのかすらもわからないが、その話を梓董にしたのかはわからない。最後に呟かれた謝罪の向く先だって梓董にはわからなかった。けれど彼女がそれを語ることはないし、梓董が改めて問うこともしない。

そのまま少しの間お互いにただ海を眺めていたが、やがて満足したのかイルの方から終わりを切り出す。


「……そろそろ帰ろうか。遅くなると心配かけちゃうかもだし」


言いながら僅か身震いしたのは多分、以前受けた桐条からの説教を思い出したからだろう。

それが少しおかしくて。

梓董は小さく笑いながら、イルを連れて別荘への道を歩き出した。









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