旅行準備は計画的に



「ねえ、これとか……ってちょっと! ちゃんと見ようよ、自分のなんだから」
「えー……。そう言われてもなあ」


あちこち見ていた西脇が、イルのやる気なさに気付き唇を尖らせ抗議する。もっともな言葉を受け、しかしそれでやる気になるかと言えばそうでもないらしいイルは、困った様子で桐条に視線を向けた。

そのまま桐条を見つめ、目を瞬き。

何故か突然「あ」と大きな声を上げる。


「な、何だ?」


戸惑いの声を上げる桐条のことなどお構いなしに、イルは彼女を見つめたままうんうんと一人納得気味に頷いた。その様子に桐条だけでなく西脇と岩崎も訝しむ。

変だ変だとは思っていたが、まさかついに頭にまできてしまったのだろうか。などとさすがにそんな失礼なことを思い描くこともなく、とりあえず何事かと改めて問おうとした、が。それより早く、イルの方が再び口が開いた。


「桐条先輩って、肌もすんごく綺麗ですよね!」


その一言が、その場の何かに火を点ける。

は? と、きょとんと首を傾げるのは言われた本人桐条だけ。

西脇と、それに岩崎までもがその言葉にすぐさま食い付いた。


「そっか。綺麗だなあとは思ってたけど、確かに白いし……」
「うん、それに凄く細い」


無駄な肉など一切なく、それでいて透き通るような白い肌。さすがに触らせてとは言いにくいが、おそらく触れれば絹のような滑らかさをしているのだろう。顔立ちは言うまでもなく端整なのだから、これはもう……。


「水着選び、気合い入れましょうね!」


改めて意気込む西脇に、今度は心から投合するイルと岩崎。その様に身の危険でも感じたのか、桐条が若干口元をひきつらせていたような気がしないでもない。

が、とにもかくにもそんなわけで始まった、桐条の水着選び。

どうやら今はイルのことは置いておくらしい。何故か熱の入ったそれに、当の本人が置き去りになっているとはどういうことか。とは言え、三人共強引に押し付けたりはしないらしく、それぞれ桐条に似合いそうだと思うものを探し出しては意見を仰いだ。


「先輩、このフリル、可愛いと思いません?」
「いや、確かに可愛いとは思うが……それを私が着るのはさすがに……」
「あ、こっちの紅いのはどうですか? ほら、髪色に合いますし」
「は、派手すぎないか、それ」
「大人っぽく黒の水着で!」
「いくらなんでも布面積が少なすぎるだろう!」


やいのやいのと飛び交う応酬。嗜好の問題か……中にはそれ以前の問題である気もしなくはないものもあったが、とにかく桐条のお眼鏡に叶うものは一向に見付からない。けれどその騒がしさが幸を奏したのか、気付けば桐条から暗い影が消えているように思えて。元気がないように見えたこと自体西脇達の思い過ごしだったのかもしれないし、もしかしたら元気になってくれたように見えるのも一時的なものかもしれないけれど。

いつものように笑いあえるこの空気の方が、水着選びよりも大切に思える、なんて。

友情かなあとどこか遠く思う。

そんなクサい台詞、絶対に口にはしないが。

あれこれと問答を繰り返し、時には鏡の前に立ってもらってみたりして。最終的に、胸元にあしらわれた大きめの花が可愛らしい、白のパレオ付きの水着で落ち着きをみせた。

白い肌が、より際立ちそうだ。これは男性の目を引くこと間違いなしと西脇からのお墨付きでもある。当の桐条は戸惑っていたが。

とにかく桐条の水着が決まったとなれば、後は……。


「さて。次はイルの番だな」


ふふふ。

散々いじられた仕返しをしてやるとばかりに怪しい笑みを浮かべる桐条に、未だ先程までの熱が抜けていないらしい西脇と岩崎も便乗する。

三人揃って、実に愉しそうだ。

知らず一歩後退ったイルの口元が若干引きつっている。気のせいか、冷や汗も流しているように見えた。それは緊張からなのか恐怖からなのか……おそらくその両方からなのだろうと思われる。さりげなく逃げ腰になっている彼女を、しかし当然の如く桐条達に逃がす気はない。


「さあ、行こうか」
「ちょ、あの、せめて布面積の多いヤツをー! 露出の少ないヤツをー!」


嬉々とイルの手を引く桐条や、彼女と同質の笑みを浮かべる西脇と岩崎にイルが懇願とも哀願とも取れる願いを口にするが……。

聞き入れられたかは、今はまだ秘密らしい。







ちなみに。
寮に帰宅した桐条とイルに、夏休み期間だけ初等部の天田という少年を寮で預かることになったという報告がなされたが。半ば魂が抜けたような状態になっていたイルがきちんと聞いていたか否かは定かではない。










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勝手に庶民的水着にしちゃいました(こら)
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