旅行準備は計画的に



屋久島へ行くことに決まったのは確か週の始めのことだった。気分転換の名目で理事長である幾月が提案したことだったのだが、その実、十年前の事故の当事者に話を聞く、というのが本当の目的のようだ。

……まあここ最近の寮内の空気を思えば、気分転換も完全な建て前というわけではないだろうが。

ともかく、屋久島にいるとされる事故の生き残りなる人物は、どうやら桐条の父親のことらしく。天下の桐条グループ……いや、厳密に言えば天下の、は南条の方だろうがそれは置いておき。そのトップたる人物なのだ、多忙を極めているだろうが、その時期はたまたま休暇となっているとのこと。

娘である桐条にしてみればたまの休暇に時間を割かせるのは申し訳ないと思う気持ちもあるようだが、これはもう避けて通れるものでもない。どうでもいい、を本音で地でゆく梓董はともかく、岳羽などは絶対に話を聞くことで譲らないだろう。

とにもかくにも決定されたその予定に、梓董同様取り立てて興味を示さなかったのは、やはりというべきかイルで。彼女は翌日から始まる学期末のテストのことで頭がいっぱいだった模様。そんな彼女を見かねたわけではないけれど、今回もまた面倒をみてやることを梓董が買って出たため……。イルの恐怖週間は、再び幕を開けたのだった。










《07/18 旅行準備は計画的に》










テスト開けの土曜日午後。テストのことでいっぱいいっぱいだったイルが前回同様燃え尽きて真っ白になっていたところにやって来たのが、彼女と親しい友人二人、西脇と岩崎。

彼女らは唐突に現れるなり素早くイルを捕獲し、有無を言わさず引きずるように強制連行を開始した。どこへなのかわからず戸惑うのは引きずられている当の本人だけ。何事かと慌てて問う彼女に、西脇が呆れ気味に答えを紡いだ。


「もう。屋久島旅行、行くんでしょ? なのにイルってばテストのことで頭がいっぱいで全っ然準備してないなんて言うから」


ああそう言えばそんな話もあったな、と今思い出しましたとばかりの表情をありありと浮かべるイルに、西脇はますます呆れる。彼女の言う通りイルはテストに手一杯で完全に旅行のことなど忘れてしまっていたようだ。前回と同じように勉強会を開いた時に少しだけその話題を口にしていたから良かったものの、下手をすれば全く準備せずに旅行に向かっていたのではないかと心配を通り越して恐ろしくなる。

心配した西脇が岩崎に相談して今回の買い物計画をひそりと立ち上げておいたのだが、予定しておいて本当に良かったと強く思った。普段の面倒見の良さがここでも発揮されたわけだ。友人想いと言えば聞こえはいいが、少しばかり過保護にも思える。まあ責任の全ては自分のことに無頓着すぎるイルにあるのだが。

とにかくそんなわけで旅行に必要なものを買いに行くことになったのだが、そうと知った途端すぐにイルがそれなら桐条もと騒いだため、流れるままに彼女も誘うこととなった。

以前イルの仲介があって以来、時折共に遊ぶようになった桐条。最初こそ気後れしていたが、共に過ごす時を刻んでゆく内にそんな感情も徐々に溶けゆき、今では他の生徒達よりは親しくなれたと西脇も岩崎も自負している。

まあ価値観の違いとか……時々戸惑うことは未だにあるが。

それでも住む世界が違うと敬遠していた桐条に、今では西脇も岩崎も友人としての好感を抱いていることは事実。初めて食べたらしいファーストフードに顔を輝かせる様は同性でも可愛らしいと感じたものだ。

そんなわけで、今の西脇と岩崎がイルの提案を断る必要はどこにもなく。そうは言っても多忙の身である桐条の都合も考えねばならないので、無理強いはしないという約束でイルが彼女を誘いに行くのを見送ったのだった。

友好を築けてきているとは言え、まだイルを差し置いて遊びに誘う勇気は西脇にも岩崎にもなく。次のステップはそこだろうか、などとイルの背を見送りながら遠く思った。

かくしてイルは桐条を誘うことに無事成功したらしい。どう誘ったかは西脇達にはわからないが、苦笑しつつも嫌そうには見えなかったのだから桐条も無理はしていないのだろうと判断する。

……どことなく、元気がないようにも見えたが。

ともかく近くの大型デパートで日常品などを買い集め、途中適当に食事をとり、それからやって来た場所は……。


「屋久島って言ったら海でしょ? 水着買わなきゃ」


そう言う西脇は自分のものを買うわけでもないのにどこか楽しそうで。季節的に、だろう、特設コーナーが設けられた水着売り場を嬉々と見回す。

その一方で自分のことであるはずのイルは興味なさそうに頬を掻き、こういった場所に慣れないのだろう桐条はそわそわとどこか落ち着かなそうだ。どちらかと言えばイルに寄るらしい岩崎も、若干西脇から一歩退いて様子を見ていた。




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