先を、知る



何気なく。深く踏み入る目的などでは更々ない、ただ単に少し気になったから聞いてみた、といった様子のイル。おそらく語りたくないと告げればあっさり引くだろう彼女の性格を思い、語りたくない理由も特にない梓董はソファに凭れたまま静かに答える。


「……別に。流れ、だと思う」


流れるままに、流されるままに。抗う理由もないからとそのまま歩んできたその結果が今に繋がっているという、ただそれだけ。

何かご大層な大義名分があるわけでも、ましてや私怨があるわけでもない。たまたま今の学校に転入して、たまたまこの寮に編入して、たまたま適性がありペルソナ能力が覚醒して、そしてたまたま今の立ち位置に立つに至った。ただそれだけのこと。

確かにその全てを全部偶然だとするには出来過ぎ感が否めないが、かと言って梓董には自身が今ここにいる理由を理解する妥当な説明は他に思い付かない。まあこの偶然の連鎖も、説明、と呼べるほどのものでもないと理解はしているが。

そんな梓董の言葉にイルはただそっか、と小さく返し。それで納得したのか否かまではわからないが、自身の手の内にあるジュースの缶に視線を落とすと、彼女はそのままぽつりと呟くように口を開いた。


「……あの、さ。……運命、って、信じる?」
「……は?」


運命?

正直、イルという少女が口にするのは意外な単語のような気がして、梓董は思わずきょとんと目を瞬かせる。


「……イルもそういうの、信じるんだ?」


多分、女子にはありがちな夢見がちな性分。のめり込むほどにないにしても占い等は女子にとって楽しめる話題の一つではあるのだろう。まあ、別に男女で分け隔てるつもりはないので男子が占い好きだろうとそれはそれでどうでもいいことだが。

そんな風にいつもの如く思考をどうでもいいに帰結させた梓董が、それでもふとその問いかけを気にとめたのは、多分、問いかけてきた人物がイルだったから。イルの口から漏れた言葉だからこそ、どうでもいいと流れずに引っかかったのだろう。

梓董がそう自覚したかは定かではないが、イルは梓董の問いに目を瞬かせ、次いで僅かに苦笑した。


「あ、いや、そうじゃなくて……って、あたし突然何言ってるんだろうね。ごめん、気にしないで」


気にするな、と言われても……。慌てた様子で今までの話題を笑顔に消したイルは、梓董が何かを口にするより早く、新たな話題を持ち出す。


「そうそう。あと六体って話だったよね。頑張ろうね、戒凪」


それは先程寮生全員が揃っていた時に齎された朗報。それこそが今夜幾月が寮へと立ち寄った理由だったようで、幾分横路に逸れた話も……まあ全く無関係な話ではなかったが、とにかく最終的には全員の耳に入ることが叶ったわけだ。

岳羽が桐条に対しどんな感情を抱こうがそれは彼女の問題だが、どのみちペルソナを扱える人間、シャドウに対抗できる存在は限られている。世界を救うだなどと大袈裟すぎる大義名分を掲げるつもりは毛頭ないが、今更降りる理由もない。
岳羽辺りならもしかしたらそれを桐条の策略に嵌ったと憤るかもしれないが、桐条の様子を見るからに彼女も彼女の理由を抱えて必死なのだろう。

水面下でどんな思惑が交錯していようとも、できることは限られているのだ。

残る大型シャドウは、六体。幾月曰わく、裏付けとなるデータもあるとの話なので、まず間違いないとみていいだろう。
だからこそ先程のイルの言葉に小さく頷いてみせた梓董に、イルは緩く微笑し。手にしていたジュースの缶を、梓董へと手渡した。


「あげる。元々戒凪に渡そうと思ってたんだけど、渡しそびれてて。まだ温くなってないとは思うから、良かったら飲んで」


笑顔のまま口早に告げた彼女はそのまま立ち上がり、一度伸びをすると出口の扉へと歩を進める。そのノブに手をかけた彼女は、そこでくるりと半身振り返り、笑みを口元に刻んだままに片手を小さく振ってみせた。


「おやすみ、戒凪」


その声を飲み込んで、ゆっくりと閉められゆく木製の扉。梓董の手に残されたジュースはまだ、冷たかった。









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