どうでもいい、は。

周囲に興味がない表れなのだと。

自覚はあった。










《07/08 種》










寮へと帰宅した梓董は他の寮生と軽く挨拶を交わす程度だけ済ますとさっさと自室へ向かうことにし、まっすぐに階段へと向かう。食事なら外で済ませてきたし、今日は別に外出する必要も予定もなかった。

そんな彼が二階の踊場へと着いたその時。


「戒凪!」


今上ってきた階下から呼び止めてきたのは、全体的に白い印象を放つ少女イル。彼女は梓董が立ち止まってくれたのを確認すると、彼と同様踊場まで駆け上ってきた。


「えっと、あの」


どこか問いにくそうな切り出し。それならあえて声をかけたりしなければいいのにと思いはしても口にはせず。言葉を探すような彼女に代わり、梓董の方が口を開いた。


「……大丈夫だったのか?」
「へ?」
「桐条先輩の説教」


それが行われるとの明言はなかったが、まあまず間違いなくあの後イルを待っていたのは説教だっただろう。

……処刑、ではなかったと思う、多分。

問えばイルは僅か視線を逸らし、どこか乾いた笑みを浮かべてみせた。


「あは、は。……うん、それだけ心配してもらえたってことだもんね。申し訳なさと嬉しさを感じます」


……何故敬語なのか。

おそらくきっと、深く訊かない方がいいのだろう。そう判断し、そう、と返せば、彼女は何か踏ん切りがついたらしく、改めて梓董を見つめた。真っ直ぐに、案じるように。


「……戒凪こそ、だいじょうぶ? 何か当たられたって聞いたけど」


……当たられた?


「……何の話?」


簡単に思い返してみるも心当たりがなく首を傾げれば、イルは一瞬目を見開き。あれ? と戸惑い気味に慌てだす。


「え、違った?」
「違ったっていうか……身に覚えがないんだけど。一体何の話?」
「あ、いや、昨日あたし達が帰った後、ちょっといざこざというか……そういうのがあったって小耳に挟んで……」


いざこざ。それに昨日という単語を合わせ改めて思い返せば、そういえば何やら伊織の機嫌が悪そうだったなとようやく思い至った、が。


「あー……どうでもいい」


そう、言葉通り梓董にとってどうでもいいこと……というか興味がないことであったが故に、思い返しても思い出せないほど記憶に薄かったのだ。別に伊織が自分のことをどう思っていようが、そこからどんな態度を取ってこようが別にどうでもいい。

梓董には興味がなかった。

……まあそれで戦闘にでも支障が出るようなら対処を考えるが。

とにかく自分にどうこう程度なら、別段何をする気も何らかの反応を返すつもりもない。相手にしないとか放置するとかそういうことでもなく、そう。

普段通りを通すだけ。

元より自分からわざわざ関わりに向かったりなどするタイプでない梓董故に、接触してくるのはいつだって伊織の方。それが断たれれば自然と接触する機会がなくなるだけ。それだけの話で、梓董にはやはりそれはどうでもいいことだった。

他人からすればその淡泊さは冷淡にすら思えるかもしれないが、それでも梓董は元より他者や外界に関心が薄いのだからどうしようもない。

……例外も、できたようだが。


「そっか。……まあ、戒凪が気にしてないならいいんだ。伊織くんのことだし、またどうせすぐにケロッとしそうだしね」


明るめに告げるイルの言葉は、その内容に合致する光景が容易に想像つくもので。同意するには充分すぎる要素を伊織という男は持ち合わせていた。

それが良いことか悪いことかはわからないし、やはり梓董にとってはどうでもいいことだが、イルはどこか納得いかなそうに眉根を寄せて息を吐く。しかしそれを言葉にすることはなく、彼女はすぐに表情を変じ笑みを形作った。


「ごめんね、変なことで引き止めちゃって。また、明日」
「……うん、また明日」


くるりと踵を返し三階へと向かい階段を上っていくイルを見送り。部屋へと戻りながら、ふと梓董は思う。

どうでもよかった世界の中に、ぽつりと落ちたその例外。そこだけが少しずつ色彩を纏ってゆく、そんな感覚。

白いキャンパスに僅か絵の具が零れた、ただそれだけのことのようなそれが。

まるで空気のように、緩やかに緩やかに、けれど確実に自然と自分の中に浸透してゆく。

それに違和感を覚えるどころか、くすぐったいような心地よさを覚えるなんて。

自分でも少し不思議で、だけど……悪くはない。

きっとその色はこれから先、もっと広がってゆくのだろう。そんなことを確信めいて思いながら、そうなった時の自分がどうなるか全く想像がつかないけれど。

梓董は迷うことなく、歩を進めた。








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