……巴多の屋敷が気に入らねえってことは当然にしても。

この家、無駄に広いんだよなあ。


「……茨羅に会いたい」
「それじゃあさっさと手と足動かして下さい、弥生」


……くっ、深紅め。

容赦なく言葉の刃を向けてくることに磨きがかかったんじゃないか。










第十四幕 「巴多家」










「この部屋にもなさそうですね……」


いくつめかの部屋の中を物色し、ここでも鍵らしきものを見付けることができず、澪ちゃんが呟く。

落胆の中に、そろそろ苛立ちも出てきたのは俺だけだろうか。

まあ、俺が真っ先に怒り出せる資格はないので我慢するが。


「! 弥生!」


切迫した深紅の呼びかけ。

それに応えるように振り向けば、ゆらゆらと体を揺らしながらこちらへと迫ってくる村人の霊の姿が視界に映った。


「ちっ、邪魔だな!」


男の霊ということもあり、苛立ちを上乗せで一刀両断。

八つ当たりの威力は相当で、その霊は跡形もなく消え失せた。

女性の霊が出てきた時は、申し訳ないが深紅と澪ちゃんに倒してもらいながら屋敷を奥へ奥へと進んでゆく。

そうして一階をだいたい調べ終え二階へと進み、そこでもいくつかの部屋を見て回った後、この屋敷でただひとつ鍵のかかった部屋を見つけた。

……面倒な仕掛けがないだけまだ良いかと思っていたのに、ここに来てこれか。

そういえば確かに前に来た時も一カ所だけ鍵が掛かってたな。

俺には無意味だったから忘れてた。

えーと、この部屋は確か……。


「ああ、当主の部屋か」


記憶が確かなら間違いないはずだ。

以前来た時の目的は資料探しで鍵なんて眼中になかったが、そうだな、普通に考えて……。


「なら、ここが一番怪しい……ですよね」


まあそうでなくとも一部屋だけ鍵がかかっているなんて怪しい以外の何ものでもないが。

知っていたなら先に言えとばかりの深紅の視線には気付かなかったフリをしておく。

……悪かった、忘れてたんだよ。

内心で謝り、俺は息を吐く。


「ここに来るまでに鍵らしき物なんかなかったしな……。探してくるしかねえか」
「そうですね。とりあえず屋敷の中ですし、はぐれることもないと思いますから、手分けしましょうか」


俺の呟くような言葉に深紅がそう答えてくれた。

……この家、村の中の他のどこよりもありえないものたちが多く、本当なら女の子たちを危ない目に遭わせたくはないんだが。


「今更変な気遣いとかしなくていいですからね」


…………。

だから深紅、お前本当に俺の考えてることわかりすぎだろ。

……でもまあ、ありがたい言葉……だよな。


「じゃあ悪いがその提案に甘えさせてもらう。ただし深紅と澪ちゃんは一緒に行動してくれ」


俺はひとりでいいが、二人はなるべく一緒に行動した方がいい。

危険、という面でもそうだが、精神的にも誰かと一緒にいた方が負荷が少ないだろう。

せめてもの俺の言葉に深紅も澪ちゃんも頷いてくれ。

俺たちは二手に別れて当主の部屋の鍵を探しに向かった。










深紅と澪ちゃんと別れ、俺は屋敷二階の奥へと進む。

途中にあった部屋やら棚やらを調べながら着いたそこは、取り立てて何があるわけでもないが、やや広めに間取りされた部屋。

……いや、物がないから広く見えるだけかもしれねえが。

奥には更に奥へと続く扉があり、その両脇で燭台に乗せられた蝋燭の灯がゆらゆらと小さく揺らめいていた。

あれがどこに続く道か、そしてその先に何があるのか……。

俺は、知っている。

だからこそ不快に眉を寄せ、そこに鍵はないと判断した俺は別の部屋を探そうと身を翻す。

いや、翻そうとした。



――ギシキハ……アノギシキハ……。



ぴくり。

くぐもった男の声が辺りに響き、その声が聞こえてきた方向へと顔を向ければ。

そこには他のどの村人とも違う、重々しい雰囲気を放つ初老の男がいた。

初老とはいえ、身に纏う空気や立ち姿からはまったく老いが見受けられないような奴なのだが。

……確か前に調べものをしに来た時に一度だけ出くわしたな。

この家の、当主の部屋で。


「……当主、か」


誰よりも、何よりも。

一番、忌むべき存在。

こいつだけじゃない、村全体が忌むべき対象であることには変わりない、が。

ぞわり、と、どす黒い感情が俺の中で溢れ出す感覚を抑える術はなかった。



――ヤハリ、アレハ……。




「うるせえよっ!」


皆まで言わせることなく刀を振り翳しその身を両断。

他の奴らと変わらない、まるで紙を切るかのような軽い感触が、今は酷く腹立たしかった。







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