「茨羅、充分気を付けるんだぞ」
「うん」
「親父によろしくな」
「うん」
「俺が戻るまで大人しく待ってるんだぞ」
「う、うん」
「樹月に何かされたらすぐ親父に言うんだぞ」
「……兄さん……」
茨羅の双肩を掴み真剣に真っ直ぐその瞳を見つめる。
ようやく会えたっていうのに、これから行く場所を考えると今茨羅を連れて行くわけにはいかない。
心底離れたくないが、かといって俺たちの都合でこの村に来たっていうのに、やるべきことを他の奴に押し付けるわけにもいかないだろう。
だからこそ仕方なく……本っ当に仕方なく。
茨羅には俺たちの家で待機していてもらい、俺が巴多へ鍵を取りに行くことになった。
かといって茨羅をひとりになんてできないから深紅に一緒に残っていてもらおうと思ったのに、だ。
何故か俺以外の全員の意見が樹月が一緒に残ることで一致しやがった。
言い出した深紅も深紅だが、何だって澪ちゃんまで同意するんだ!?
当然俺は猛抗議したが、そのすべてが深紅に簡単にかつ簡潔にあしらわれてしまった。
それどころか澪ちゃんにまで諭される始末。
くそ、どうしてこうも孤立無援、四面楚歌なんだ。
これじゃ俺がひとりで我が儘言っている大人気ない人間みたいじゃねえか。
…………いや、断じてそんなことないからな!
とにかく、なおも納得できずにいる俺だったが、それでも一刻も早くこの村を出るべきだと考えていることも事実で。
血を吐く思いで今、茨羅に妥協代わりの注意をしているわけだ。
が。
「はい、じゃあさっさと行きますよ、弥生」
「ちょ、おい深紅! 話はまだ」
「では気を付けてくださいね、茨羅ちゃん、樹月君」
「あ、は、はい。みんなも……気を付けて」
俺の襟首を掴んで茨羅から引き剥がした深紅は、俺の抗議などものともせずに無視を決め込む。
て、ちょ、茨羅! そんなにあっさり見送る態度をとられると兄としてかなり悲しいぞ!
案じるような茨羅の視線に見送られ、半ば深紅に引き摺られるようにして不可抗力で歩き出した俺に、追い討ちとばかりに樹月の笑みが向けられる。
それはもう、輝かんばかりの笑みが。
「茨羅のことは任せてくれていいから。頑張ってね、兄さん」
な、な、な……っ!
「兄と呼ぶなあぁぁぁぁーーっ!!」
俺の怒りの叫びに深紅が溜息を吐いていたが、気付かなかったふりをした。
第十三幕 「巴多家への路」
さっさと巴多家に行ってさっさと鍵取ってさっさと戻ってきたい俺の願いとは裏腹に、巴多家に入るにはまずそのための鍵を先に取ってこなければならない。
ああもう鍵とか消滅すればいいのにな、この村。
その鍵を父が隠しておいてくれたことが救いではあるが、今はそのことに感謝する以上に気持ちが急く。
何せ今、俺の可愛い可愛い妹の傍には最凶の害虫がくっついているのだから。
……頼む、親父、茨羅を樹月から守ってくれ。
「あの、弥生。弥生たちの父親ってどんなひとなんですか?」
父が巴多家の鍵を隠しておいてくれている、墓地の中にある祠へと向かう途中。
何故か訊きにくそうに深紅が問いかけてきた。
……何でうちの父のことを訊くのにそんなに不安そうなんだよ。
一度襲いかかられたからか、と、そんな風に思いながら答えにくいことでもないため躊躇うことなく答えを紡ぐ。
「おっとりしてるというか、優しい感じだな。本当は結構穏和だぞ」
滅多に怒るようなこともなかったと思う。
……代わりに、怒ると凄絶に恐いひとだった。
父を思い出し懐かしむ俺の言葉に、深紅は何故か僅かに目を見開く。
だからさっきから何なんだ。
「そう、なんですか? 見た感じ弥生に似ていたから私てっきり……」
ほーう。
てっきり、なんだ。
さっきの不安がっていたその理由の失礼さに思い至り、俺は僅かばかり目を細める。
深紅が何を言いたいのか、ついでに俺への認識がどういうものなのかわかった気がした。
……いや、まあ割と前々からその認識についてはわかっていたが。
とにかく。
「親父の性格は俺よりも茨羅と似てるな。いや、逆か。茨羅が親父に似てるのか。ちなみに母さんは見た目こそ茨羅そっくりだが、性格はどちらかというと俺と類する感じだな」
「え!?」
「……えって何だ、えって」
だからさっきから堂々失礼だろうが、深紅。
まあ息子の俺からしても、母はちょっと……気丈すぎる気もするけどな。
茨羅と同じ容姿でアレだから、もしも会えたら驚くだろう。
樹月や澪ちゃんは特に。
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