……そういえば。


「樹月、お前弓なんか持ってきてたか?」


すっかり忘れていたそれを思い出し、移動の最中についでだし問いかけてみる。

その問いに樹月も自分で握っている弓へと意識を向けたようだ。


「ああ、これ? 九内家にあったのを貰ってきたんだ」


貰ってきたってお前……。

さらりと何でもないことのように告げられやや呆れる俺に、その弓が白木の弓であることと、鳴弦によってありえないものたちを倒すことができるものであることを樹月が説明する。

ふーん、そんな代物がこんな村にあったなんてな。

てかあんまりそういう知識はないが、それって普通使い手側に霊力が必要とされるものじゃなかったか?

……呪力、だっけ。


「そういえばそれ……その、化け物が作ったって……」


思い出したように、けれど言い難そうにおずおずと深紅が口を開く。

この村で化け物と呼ばれる存在についてを知った今、言い淀む理由は俺に気を遣って、だろうが……。


「確かか?」
「は、はい……。メモを見ました」


驚きから思わず声を張った俺に驚いたらしい深紅が、困惑した様子を見せながらもしっかりと頷く。

驚かせちまったことに悪いとは思いつつも、今はその事実の方が俺に与える衝撃が大きい。

何せそれは……。


「その弓、たぶん俺たちの母が作ったものだ」
「え……?」


母の霊力の強さがどこから継がれたものかは母にもわからないらしいが。

俺以上……それこそ茨羅にも勝るような霊力を母はその身に備え、扱っていた。

その母が自身の霊力を込めて作った弓とあれば……。

使い手側の霊力に関係なく威力を発揮する鳴弦を射れたとしても、何ら不思議ではない。

……母は本当に、どこまでこの時を予期していたのか。

あれほどこの村に関わらずに幸せに生きることを望んでくれていたというのに……酷く申し訳なく思う。

それでもこうして端々で助けられていることは事実なのだから、感謝してもし足りないくらい有り難くも思った。

……そんな母の作った弓が樹月の手に渡ったってことにも何か理由がありそうだが……。



そっちは気のせいだな、偶然だ偶然。



と、お、見えてきたな。

紫苑家、か。










第十一幕 「禊ぎの塔」










「……何だか、緒方さんを思い出しませんでしたか?」


いや、同意を求められているところ悪いけどな、深紅。


「誰だ、それ」
「…………いえ、気にしないでください」


気にするなって言われても、その長い沈黙と呆れたように溜息を吐かれれば気にならないわけないだろうが。

……いや、何か思い出さなくていいことのような気もしてきたからやっぱり忘れておこう。

塔に入るために必要な二つ目の鍵を探しに訪れた紫苑家では、その玄関の戸を開くなり唐突にひとりの男に襲いかかられた。

明らかに待ち伏せていたといわんばかりの近距離と唐突さに深紅と澪ちゃんが驚いて悲鳴を上げたが。

とりあえず俺が刀を抜き様に両断して消滅させた。

もちろん、欠片も躊躇わずに。


「弥生……。やっぱり男性には容赦ないんですね」


とはその時の深紅の談。

当然だろ、何を容赦する必要がある、とはもちろんその時の俺の切り返しだが、それに対して返ってきたのは冷たい視線だったりする。

よし、それもついでに忘れておくか。

とにかく現れて一瞬で消えた……というか消したあの男が紫苑家の当主だと思われると澪ちゃんが教えてくれ。

澪ちゃんがこの家に来ることに乗り気じゃない様子だった原因はどうやらあいつにあったらしく、理由を聞いたら気持ち悪いから、とのこと。

……ああ、まあ、わかる気はするな、なんとなく。

そんなこんなで塔の鍵自体はさほど苦労することなく見つけられたわけだが。


「しつっけえな、アイツ!」


塔の前、周りに張り巡らされた柵の一部、塔への入り口になるそこに辿り着いた直後。

まるで侵入を阻止しようとするかのように現れたのは数人の村人の怨霊たちと……。

さっき斬ったはずの紫苑家の当主らしき男だった。

うっわ、窪んだ目と口細めるなよ、笑顔のつもりか気色悪い。



――ギシキ、ギシキヲ……。
――ジャマハ、ユルサヌ。



……こいつらっ……。




「……どうやら茨羅の居場所、確定らしいな」


刀を抜き、構えつつ低く呟く。

赦せねえはこっちの台詞だ。

誰があんな儀式させるかよ。

と、当然の如く憤る俺の傍から唐突に一本の光の筋が凄い速さで飛来し、村人のひとりを貫いた。







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