「っ、くそっ……!」


何で俺が追う方なんだよ……っ!













第十幕 「追走」










ったく樹月の奴、澪ちゃんの話を聞いた途端に後先考えず突っ走りやがって。

本当なら俺の方が取り乱したいくらいなのに、何で制す側に回らなければいけないのか。

不服や不満なら山ほどあるが、今はとにかく。


「樹月っ、待てっ!」


今はどうか知らねえが、どうせこいつのことだ、あの村で過ごしていた時と同じように引きこもって本を読んでばかりいたんだろ。

足の速さや体力で俺に勝てるはずがない。



…………。



あと足の長さもな。

俺は樹月に追い付くと、その手を掴んで足を止めさせる。

それなのに俺へと振り向こうともしない樹月は、ただ目の前に広がる闇へと視線を向け続けていた。

その表情から窺える感情は焦燥。

それと……不安や恐怖のように思える。

樹月、お前……。

思考に移しかけたその言葉を直前で慌てて消し去り、俺はひとつ息を吐くと樹月の肩を掴んで強制的にこちらを向かせた。

そしてやや焦点の合っていない黒い瞳を真っ直ぐに覗き込み、きちんと言い聞かせるようにはっきりと言葉を紡ぐ。


「茨羅のことは俺だって心配だ。だからって俺たちがはぐれちまったらこっちだって危ねえだろ」


……一番最初に別行動した俺が言える言葉じゃねえが、それはまあいい。

俺だから許されるってことで。

樹月は何か言いたそうに俺を見上げて顔を歪めたが、結局それを口に乗せることなく俯いた。

代わりにとでもいうかのように、両手の拳が強く握りしめられている。

とりあえず足は止める気になったようだから肩から手を離してやれば、今俺たちが駆けてきた方向から光が射した。

徐々に近付いてくるその光の向こうに見えたのは、こちらに向かって駆けてくる深紅と澪ちゃんの姿。

二人がはぐれずに追い付いてこれたことに安堵するが、澪ちゃんが話してくれた茨羅が閉じ込められてしまった神社に向かう道を考えれば、そうはぐれもしないか。

道も向かう先もわかっているんだから樹月を先に行かせてもいいと思うかもしれないが、澪ちゃんの話によるとそこで巫女に襲われたらしいからな。

単独行動はしない方がいいだろう。

そうでなくともこの村は怨霊の巣窟状態だからな。

常に周りは危険だらけなわけだ。

俺や深紅はともかく、武器を持たない樹月やそれほど霊力が高くはない澪ちゃんには辛い……って、そういえば、樹月の奴いつの間に弓なんて持ってきていたんだ。

握りしめられた樹月の左手の拳の中に存在する小さめのその弓を再度視認し疑問に思う俺の耳に、深紅の声が届く。


「はあ……追いついた……」


振り向いた先では肩で荒い呼吸を繰り返す深紅と澪ちゃんの姿があり。

そんな二人へと俺と同様に視線を向けた樹月が小さく頭を下げた。


「……すみません」


……樹月って割と俺以外には素直だよな。

この野郎。

勝手に突っ走ったことを詫びる樹月に、息を整えた深紅がすぐに微笑を浮かべて首を振る。


「いえ、そんなに気にしないでください。自分勝手な行動なら弥生の方がよほど酷いですし、それに樹月君が駆け出さなかったら間違いなく弥生が同じことをしていたでしょうから」


おいこら深紅。

的を射すぎていて反論しようもねえじゃねえか。

……てかお前、何でそんなに俺のことわかるんだよ。

…………ああ、わかり易いのか、俺が。


「あ、あの。追い付けましたし、茨羅ちゃんのところへ……」


深紅同様息を整え、言い出しにくそうにおずおずと、けれど真っ直ぐに揺るがない視線を以て澪ちゃんが提案する。

ほらみろ、深紅と樹月が怖くて澪ちゃんが怯え……。


「……弥生、今何か余計なこと考えてませんでしたか?」


ぎくり。

いや、やっぱり俺のことわかりすぎだろ、深紅。

怖……じゃなくて、ほら。


「行くぞ、神社に」
「逸らしましたね」


だから深紅。



溜息はやめてくれ……。













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