どこをどう走っているか、とか。
村の地図を持ち合わせていない上、この村に詳しいわけでもない以上、わからなくてもあまり問題はないように思う。
どうせ移動には勘を頼っているのだから、目的地があるわけでもないし。
ただ……。
茨羅、君に早く会えることだけを、強く強く願う。
第九幕 「合流」
「な、何だか変な場所を通って来ちゃいましたね……」
上がった息を整えながら、深紅さんが背後を振り返る。
つられるように僕も振り返り、今駆け上ってきた細い小道を見下ろした。
周囲の木や草に隠れるようにひっそりと存在するその道を見つけたことは、本当に偶然。
走ってきたその先、正面にたまたま見えたからこそ入り込んでしまったんだけど……。
道と言うにも憚られるようなそんな道だったため、深紅さんがそう呟くのも頷ける。
正直、見落とさなかったことの方が不思議なくらいだ。
……だからこそ、茨羅がここを通ったとは思えないけれど……。
「あれ。家がある……」
ぽつりと。
ひとりごちた深紅さんの言葉に導かれるようにその視線を追えば。
確かにそこには一軒の小さな平屋の建物があった。
ひっそりと、周囲の木々の中に隠れるようにして。
……もしかして、ここが……。
「ここ、もしかして御導家、でしょうか?」
同じことを考えたらしい深紅さんの言葉に、たぶん、と小さく頷く。
この細い小道の先……元来た道の方にあの監視小屋があったことからも、その可能性は高いと思えた。
御導家……。
青い髪と目を持つひとが住んでいた家。
……もしかすると、ここは茨羅と弥生の生家なのかもしれない。
「調べてみますか?」
「……そうですね」
深紅さんの問いに頷いて答えながらも、やっぱり少し気が引ける。
茨羅の家かもしれない場所に、彼女がいない今の状況で勝手に入ってもいいのだろうか。
迷うけれど、この家がもしも本当に御導家だったとしたら、この村の中で重要な意味を持つ家だということだし……。
この村のことを知るためには、調べた方がいいのは確かだろう。
何だか今までのような恐怖心からくる緊張とは別の緊張感を抱きながら、とりあえず入り口の戸に手をかけた。
ゆっくりと戸を開き、懐中電灯で中を照らし出しながら慎重に踏み入っていく。
玄関から入ると土間の奥に居間らしき部屋が見え。
その隣に、細い廊下が伸びていた。
……ええっと、どこから調べようか。
何だか他の建物とは違って、あちこち見て回ることに気が引けてしまう。
まだここが御導家だとも、ましてや茨羅の生家だとも決まったわけじゃないのに。
「! 樹月君っ! 危ないっ!」
「え?」
突然上がった、深紅さんの切羽詰まったような声音に振り返れば。
視界に映ったひとりの男性の霊と、彼が掲げる……。
一振りの、刀。
「っ!?」
僕に向かって振り下ろされた鈍色の刃……いや、赤く濡れたその刃を、転ぶように横手に跳んで逃げ、ギリギリでかわす。
危うく腕を斬り飛ばされるところだったと思うと、背筋に冷たいものがはしった。
「大丈夫ですか!?」
問いながら深紅さんが射影機を構え、男性の霊に向けてシャッターを切るけれど。
「嘘……。効かないっ」
まったく怯みもせずに変わらぬ姿で佇む男性の霊のその姿に、深紅さんも僕も驚愕し、愕然とする。
あの霊は、いったい……。
あの青い髪の女性の霊とは違い、彼からは憎悪や恨みといった感情は感じ取れない。
代わりに、何か強い意志のような……決意のようなものが感じられた。
――イカセヌ……。
低く紡がれた声は明瞭さに欠けるものだったけど……。
この声、どこかで聞いたことがあるような……。
それにあの男性の霊、どことなく誰かに似ているような気もする。
「きゃあぁぁぁっ!」
誰だったかな、と考えていた僕は、深紅さんの上げた悲鳴で我に返った。
まずい、今は余所事を考えている場合じゃないんだ!
「深紅さんっ!」
射影機による攻撃は効かずとも、注意は引いてしまったらしい。
深紅さんに狙いを変えた男性の霊が、彼女へと刀を振り翳す。
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