第七幕 「神社」












澪ちゃんと一緒にとにかく駆けて。

しばらくしてから息が苦しくなり、徐々に速度が落ちていく。


「……はっ、はあ……。も、もう、大丈夫……かな?」


乱れた呼吸のまま後ろを振り向けば、そこにはただ闇ばかりが広がっていて。

悪寒ももう感じないし、一応安心できると思う。

そう澪ちゃんに伝えたところで、ふと気が付いた。


「……あれ? これって、水音?」


あのごぽごぽと泡立つように鳴る、青い髪の女性の霊から聞こえてくるものではなく。

さらさらと流れる……穏やかな川の流れのような。


「本当だ。……あ! 茨羅ちゃん、向こうに橋がある」


私の言葉に、自身の持つ懐中電灯で辺りを照らしていた澪ちゃんが一点を示してそう告げる。

見れば、確かに少し奥の方に木製の橋が架かっていて、更に奥に道が繋がっているようにも見えた。


「もしかしたら、さっきの家で見た手記にあった、神社に続く道……かな」


あの家から北に走ったかはわからないけど、何となくそんな気がする。

……どうして、だろう。


「行ってみる?」
「……そう、だね」


澪ちゃんの問いかけに、戸惑いを覚えながらも頷く。

でも。

戸惑っている理由は、行くことを悩んで、とかじゃなくて……。



――わたしは、この先へ行かなければならない、と。



どこからかそんな想いが強く生まれてくるからだった。



どうして? ……どうして。



私は、ここを、知らないのに。



知らないのに、それなのに何故かはやりだす気持ちを抑えて、困惑と戸惑いを何とか隠しながら橋に向かう。

その橋は狭いけれど意外としっかりした造りだったのか、落ちる心配はなさそうな様子で残ってくれていた。

腐っている様子もなく、そのことには小さく安堵しながら橋の上を歩き、そこからふと下を覗いてみる。

覗いた先から水音は聞こえてくるけれど、深いところで流れているのか、真っ暗な闇しか視認できない。

じっと見ていたら深い闇に吸い込まれそうな錯覚を覚え、ぞくりと背筋に冷たいものがはしった。

すぐに逃げるように視線を戻して、前を向く。

橋を渡ったその先には、細い小道が続いていた。

その両脇に鬱蒼と生い茂る木々が、まるで壁のように立ち並んでいる。

無造作に伸びた枝葉が暗闇の中で不気味に見えて、より恐怖を煽られた。

……せめて風が吹いていないことが救い……かな。

晴れた青空の下なら癒されるのかもしれないけど、この状況下だと葉の擦れ合う音とかしたら……怖いし。


「何かちょっと……怖いね。木と木の間とか、嫌なこと考えちゃう……」
「うん……」


身を寄せ合うようにして歩きながら、澪ちゃんの言葉に同意する。

なるべく周りを見ないように歩こう、うん。

くねくねと蛇行する小道は思いの外長いけれど、それでもやっぱり終わりはあって。


「あ、石段」


前方に見えてきた石段に声を上げる澪ちゃんの隣で、私はその石段の上の方へと灯りを向けた。


「っ!」


一瞬。

一瞬、だったけど……。



今、青い髪が……。




「……茨羅ちゃん?」


澪ちゃんに声をかけられて一瞬気が逸れた次の時には、もうそこには何もなくて。

……気のせい、だったのかな。

ちょっと過敏になりすぎているのかもしれない。

私は静かに首を振ると、澪ちゃんへと向き直った。


「ううん。何でもない」


答えて、澪ちゃんと一緒にゆっくりと石段を登りはじめる。

所々ひびが入ってその隙間から草が生えていたりするし、全体的に薄汚れてしまってもいるけれど、崩れそうなほどまでは酷くないように思えた。


「あ、鳥居。やっぱりここが神社なんだ」


澪ちゃんの言葉に、足元に払っていた注意を石段の上へと向ければ、そこには確かに少し寂れても見える鳥居の姿があり。

さっき石段の上を見た時にも気付けそうなものだったのに、一瞬だけ見えたような気がした青い髪に意識が奪われていたせいでわからなかったみたい。

……しっかり、しないと。

私の我が儘を通してもらっているんだから、誰よりも私がしっかりしないと駄目だよね。

そう考えて内心で意気込みながら、石段を登りきって鳥居をくぐる。

その先にあったのは、古い小さな神社だった。

……あの女性の姿は、見えない。

やっぱり気のせいだったのかな。

よかった、と小さく安堵しながら神社の方へと向かう。








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