「茨羅っ!」
叫んだ声は届かなくて。
伸ばした腕は空を切る。
それがまるで、近い未来を暗示しているかのようで……――。
第四幕 「商家」
茨羅と、それから澪さんとはぐれてしまい、数分。
あの女性から逃れるため、僕と深紅さんも一度あの場所を離れ、今は村の内部にいた。
「……まさかこんなにすぐにはぐれるなんて……」
持ってきていた懐中電灯で辺りを照らしながら、深紅さんがぽつりと呟く。
その言葉は僕の内心とも同じで。
本当ならすぐにでも探しに行きたいけれど、ここで僕が勝手に行動するわけにもいかないし、茨羅が向かった先もわからない。
気ばかりが焦る内心を何とか抑え、とにかく村の様子を探る。
荒廃した家屋の並びや生え放題の下草は、さながらリアルなお化け屋敷のようでもあり……。
皆神村を、彷彿させるものでもあった。
「……大丈夫ですか?」
ふと声をかけられ、我に返る。
気付けば僕の前にいた深紅さんが心配そうな表情を浮かべて僕へと振り向いていた。
……いけない、僕は茨羅を守るためにここまで来たのに。
僕が心配されるようでは、弥生に笑われてしまう。
……茨羅を見つけるまでに、きちんと僕が彼女を支えられるようにならないと。
僕は一度強く拳を握りしめ、決意を改めた後、深紅さんに笑みを返す。
「すみません。大丈夫ですから、進みましょう」
「そうですね。いつまでもここにいても仕方ないですし」
深紅さんもそう返してくれ、意見も一致したため先に進もうと歩き出す、けど。
……弥生、地図作っておいてくれなかったこと、僕も恨んでいいかな。
「……家の造りはどこも同じような感じですね。劣化は長期に渡り風雨に晒されたことに起因する、ごく自然なもののように思えますが……」
「人為的な裂傷が見受けられないということは、特に荒事はなかった……とは言い切れませんか……」
周囲を見渡し見解を口にし合いながら、村の状況への理解を深めようと会話を繋げる。
深紅さんの言葉に返しながら、思い返すのは皆神村のこと。
あの村は刃物による傷跡や、所によっては鉈が突き刺さっている場所もあった。
たぶん、真壁さん……楔や村人たちによるものだとは思うけど、この村にはそういった形跡が見受けられない。
だからこの村にはそういったことはなかったのかと思いかけたけど、言いかけて思い返したのは村の入り口で出会った女性の存在。
彼女から溢れていたのは明らかな憎しみ、怒り……そしてそれらの感情を当てる先を求める殺意だった。
それ程までの感情を抱いて亡くなるなんて、よほどのことがあったとしか思えない。
それに……。
あの、裂けた首が……。
――……やめよう。
「……茨羅……」
どこに、いるんだろう。
今傍にいないことが、この手に触れられる場所に君がいないことが……。
怖くて、仕方がない。
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