「樹月。俺は後悔してない。怖くも、ないんだ。樹月とひとつになれるんだから……八重たちを守れるんだから、これでいい。俺は受け入れられるよ」
――運命を。
ずっとずっと昔、そう言って微笑んだ僕の片割れ、睦月のその眼差しが脳裏に蘇る。
あの時の彼は、諦めや絶望なんかじゃなく……。
確かな決意を、宿していた。
終ノ裏・弐 「生と巡」
踏み入った蔵の中はそれほど広い造りにはなっておらず、特別目を引く何かがあるわけでもないようで。
まあ、端に置かれたままになっている箱の中身まではわからないけど、確かめてみたいとも思わないから放置する。
そんな蔵の内部は、丁度真ん中辺りで鉄格子により分断されていた。
その一部分が扉として機能するようになっているようで、かけられていた錠前を、弥生が持っていた鍵で開いて奥への道を開け放つ。
これで、この蔵で使った鍵はふたつになった。
残る鍵は、あとひとつ。
それを使うだろう場所は、鉄格子の先ですぐに見つかった。
奥に設えられたそれは、ひとつの扉。
たぶん……いや、おそらく確実に、この先が村の外へと繋がる通路になっているんだろう。
今度は、一緒に。
あの時は叶わず大切な存在を失ってしまったけれど、今度は間違えるわけにはいかない。
僕は、茨羅と一緒に生きるためにここにいるんだから。
茨羅が弥生から鍵を受け取り、その鍵で扉の鍵を外すと、同時にひとり深呼吸をする。
彼女が何故、今になってその鍵を受け取ったのか。
ともすれば、この村との決別のためだと思ってしまったかもしれない。
……いや、この瞬間、あの時の睦月の表情を思い出さなかったなら、僕はきっとそう思ったことだろう。
でも今は、その理由を……きっと本当の理由だろうそれを、わかってしまっていた。
彼女が弥生を見上げるその眼差しは、どこかあの時の睦月の眼差しを思わせるものだったから。
きっとここが、大事な分かれ道になる。
茨羅の抱えているだろう想いを悲しむよりも嘆くよりも、僕にはしなければならないことがあるんだ。
それはきっと、僕がしなければならないこと。
……彼女と、生きるために。
僕たちが見守る目の前で、茨羅がゆっくりと扉を開いてゆく。
そこに誰かが踏み入るより先に、僕は静かに口を開いた。
「ごめん。少し……少しだけ、茨羅と二人にさせて欲しい」
告げた言葉に全員が振り返り、みんな一様に目を瞬く。
「……樹月?」
どうしたのかと問いかけてきたのは茨羅だったけど、不思議に思うのはみんな同じようだ。
それもそうだろう。
二人で話す機会なら、ついさっきあったばかりだから。
でもたぶん、この話は今のこのタイミングでしなければならないものだと思う。
出口がすぐそこにある、村へ戻るための道を塞ぐことができる、今だから。
僕の考えを察したからか、最初は嫌そうな表情を浮かべていた弥生が、渋々といった様子で息を吐く。
「……早く来いよ」
小さく呟いて、先にあの扉の奥へと消えて行く弥生の背に、深紅さんが慌てて呼びかけた。
「弥生っ! ……もうっ。私も、先に行って待ってますね」
ひとりで察してさっさと行動に移してしまった弥生に、苛立った様子で口を尖らせてから一度溜息を吐いた深紅さんは、振り返りながら口早にそう告げるとすぐさま弥生の後を追って扉をくぐる。
深紅さんって口では厳しそうにしてるけど、でも何だかんだ弥生に優しいと思う。
弥生も、もっとちゃんと応えてあげればいいのに。
そんなことをどこか遠く思う僕と、立ち去ってゆく弥生と深紅さんの二人の姿、そして茨羅とを、残った澪さんが困り果てたような表情を浮かべながら順に見やった。
事情と状況がわからずどうしたらいいのか困惑しているんだろう。
でも、申し訳ないけれど、今ここでそれを説明する気は僕にはなかった。
これは、茨羅と二人で話さなければならないことだから。
だから。
「ごめん、澪さん。……後からすぐに追いかけるから」
今は、二人にして欲しい。
真っ直ぐに願いを込めて頼めば、澪さんはちらりと茨羅を窺い、それから僕に向き直って小さく頷いてくれた。
「……じゃあ、二人とも、また後で」
告げて扉をくぐった澪さんを見送って、僕はみんなを飲み込んだその扉の近くまで歩み寄ると、その扉を静かに閉ざす。
そんな僕の行動を黙って見ていた茨羅が、ここで戸惑ったままに改めて問いを向けてきた。
「樹月、あの……どうしたの?」
すぐ傍で、不安そうに見上げてくる青い瞳。
それはいったい、何に対しての不安なのか。
それを問うことはせず、僕は茨羅へと向き直る。
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