兄たちと別れた私と樹月は、私の生家らしい御導の家を目指すことにした。

その家ならあの青い髪の女性や村人の霊達に襲われないから、と兄に言われたからなのだけど……。

……兄は私を巴多家には行かせたくないらしい。

一緒に行くと願った私の言葉はすぐに却下されてしまった。

御導家には父もいると兄が言っていたし……父に会ってみたいという想いはやっぱり強いから、あまり食い下がれなかったけど、この村に来たいと言い出したのは私なのにその私が兄たちに任せきりにしてしまっていることを凄く申し訳なく思う。

澪ちゃんも深紅さんも気にしないでいいと言ってくれたけど……。


「茨羅」
「え?」


思考に耽っていたところに突然名を呼ばれ、慌てて我に返る。

そのまま顔を上げれば、樹月の苦笑が目に映った。


「せっかく機会が得られたんだし、お父さんとの再会を喜んでくれた方が澪さんたちもきっと喜ぶと思うよ」
「あ……」


ああ、本当……樹月にはかなわないなあ。

私の考えてること、お見通しみたい。

うん、でも樹月の言う通りだよね。

せっかくみんなが気を遣ってくれたのに、私がこんなに悩んでたら失礼になってしまう。


「うん、そうだね」


父が私をわかってくれるか、とか。

私の想いが父に伝わるか、とか。

不安もあるけど、でも。

私の手を取り、繋いでくれた樹月の手から伝う温もりが。



――大丈夫って。



前を向く勇気を、いつも私に与えてくれるから。

その手を握り返して、私たちは歩を進めた。










第十五幕 「父」










…………。

な、何だか凄く狭い道の先にあるんだ……御導家って。

道中いろいろ話を聞かせてもらったけど……樹月と深紅さん、よく見つけられたなって思う。


「えっと……この先に、お父さんがいるんだよね……?」
「うん」


御導家の玄関前に樹月と並んで立ち、少し緊張しながら問いかけた私に、樹月が頷いて答えた。

樹月や深紅さん……それに兄さえも怨霊と化した父に襲われてしまったという話だけど……。

……ここで不安になっていたら駄目だよね。

私はわき出す不安を押し込めるように一度首を振り、それから意を決して玄関の戸に手をかける。

知らず樹月の手を握る自分の手に力が込もってしまったけれど、それに応えるようにぎゅっと私の手を握り返してくれた樹月の手から伝う温もりに不安が薄らいでいくのがわかった。



――大丈夫。



深呼吸をして改めて意を決し。

引き戸を開けたその先に広がる闇を、懐中電灯で照らし出す。

古めかしい埃の臭いは他の家屋と同じもの。

入り口から覗いた室内は懐かしいようなそうでもないような……正直よくわからないけれど、わからないことが少し悲しくて凄く寂しかった。

仕方ないって、そう思ってしまうことも嫌で。

ここは本当に私たち兄妹の生家なんだって確信させてもらいたくて、屋内に踏み入った私は複雑な心境を抱いたまま、それでも父の姿を探して辺りを見渡す。

……どこにいるんだろう。

ぐるりと室内を見渡してみてもその姿が見つからなくて困惑していると、ぐい、と、樹月と繋いでいる手が引かれた。


「……茨羅」


少し強張った樹月の声。

仰いだ樹月の視線の向く先を追えば、そこにぼんやりと浮かび上がったひとつの人影。

黒い着物を身に纏ったその姿は……。


「兄、さん……?」


……ううん、違う。

現れた男性の霊の容姿に思わず兄を重ねてしまったけれど、そんなわけないとすぐに首を振る。

兄とよく似たその男性が何者か……答えはすんなりと私の中に落ちてきた。


「……お父、さん……」


呟きながら一歩。

足を踏み出した私の手と樹月の手が静かに離れる。

優しく見守ってくれる彼に背を押されるようにして、一歩一歩男性の霊へと歩み寄ってゆく。

まるで奥へは進ませないというかのように居間のような部屋の隣に伸びる廊下の前に立つその霊は、近付いてゆく私に気付いてぴくりと小さな反応を示し、緩やかにこちらへと顔を向けた。

虚ろなその瞳が私を捉えた直後。


「……睡蓮!?」


睡蓮……?

何のことだろうと首を傾げる私に、我を取り戻したらしい男性の霊の自我の宿った瞳が揺れる。


「……まさか、茨羅……なのか?」


! 私の名前……。

それじゃあやっぱりこのひとは……。


「お父、さん……」







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