頭が割れるんじゃないかとすら思える程の痛みに思わず悲鳴を上げちまった俺は、すぐさま何とか父の手を振り払い、茨羅の背後まで逃げ込む。


「絶っ対に、い、や、だ」
「弥生っ」


子供ですかと呟く深紅の言葉は聞こえないふりをして、眉根を寄せて俺の名を呼び諫める父からふいと視線を逸らした。

子供じみていようが何だろうが、樹月になんて頭を下げてやらねえぞ、絶対。

茨羅が関わってることだから尚更な。

俺が頑として動かないと理解したのか、父は呆れた様子で息を吐く。

そして俺から外した視線を樹月へと移した。


「すまないな、樹月君。愚息に代わり詫びさせてもらう」
「あ、いえ。気にしないでください。慣れてますし」


あ、こら樹月、余計なことまで言うんじゃねえよ。

うちの父は怒ると本気怖いんだぞ。

……まあ、このくらいならそれほど怒りもしないだろうが。

何かちょっと悩ませちまったようではある。


「大丈夫ですよ。そういうところも含めて、弥生は僕の大事な友人ですから」


…………。

あー、まったく本当に何でこいつはこういうことを臆面もなく言い切れるんだか。

これが点数稼ぎの計算だったら俺にだって返す言葉があるんだがな。

樹月ってそういうところで嘘吐いたりしねえから質悪ィんだよ。


「……弥生も茨羅も、良き人々に出会えたようだな。安心した」


樹月の言葉に安堵を得たらしい父が、心から嬉しそうに目を細める。

生まれてからずっと場所には恵まれなかった俺たちだが、それをも越える程に周りのひとたちに恵まれてきた。

父と母、茨羅はもちろん。

樹月や睦月や千歳や真冬。

深紅や八重や紗重や優雨。

怜や澪ちゃん、ついでに螢。

他にもいろいろなひとたちが俺や茨羅に手を差し伸べ助けてくれ。

だからこそ俺たちは今、こうしてここに生きていられている。

口に出してそれを言うことはできないが、それでもちゃんと……感謝しているんだ、本当に。

言わないけどなっ。


「樹月君も、そちらの二方も、弥生と茨羅と今後も仲良くして欲しい」
「はい」


とても優しく、けれど少し寂しそうな父の言葉。

込められた想いは俺には計り知れないが。

躊躇いもなく頷いてくれた三人は、もしかしたら何かを感じ取ってくれたのかもな。

何を思い描いているのか……父は僅か瞑目した後、真剣な眼差しで俺を射抜く。


「……弥生、村から出る準備の方はどうなっている?」


……そうだよな。

いつまでもこうして団欒に浸っているわけにはいかないか。

一時でもまたこんな風に言葉を交わせただけで、幸せなんだ。

俺はこの一時の幸せから先に進まねえと。

……茨羅を、守るために。


「鍵なら揃った。あとは蔵に行って脱出するだけだ」
「そうか」


短い一言。

その返答の中に、父も俺たちも想うことはたくさんある。

何かを口にしかけそれを止めたらしい茨羅が、胸元で両手を組み合わせた。

祈る、ように。


「想いも言葉も語り合い尽きないが、時が惜しい。急ぎ蔵へと向かうべきだろう」


どちらの方がより強い想いを抱いているかなんて推し量る術はない、が。

それを口にした父の辛さは、きっと今の俺や茨羅の想いに負けてはいないだろう。

わかっている、だからこそ俺たちは異を唱えることもなくそれに頷いた。

……別れはいつだって辛いものだよな。


「見送りをしよう。……睡蓮の分も」


結局会うことの叶わなかった母。

だがその存在は確かに感じることができた。

きっと茨羅にも伝わっていただろうと、そう思う。

惜しみ膨らむ悲しみと辛さを抑えて。

俺たちは、この村から出るために蔵を目指した。










第十六幕・了



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