まだ現実感に乏しく夢現のような感覚のまま呟いた私は、直後に強く強く抱きしめられた。


「茨羅……大きくなったな……」


少し震えた、低い声。

兄の声によく似たその声が、ゆっくりと私に実感をわかせてくれる。


「……お父さんっ」


強く強くしがみついたその体から伝う温度はひんやりと冷たいものだけれど。

表面から、とかじゃなくてもっともっと体の内側から込み上げてくる熱が熱いくらいに暖かくて。

涙が、溢れてきた。


「茨羅……育ててやれず、すまなかった」


体を離して。

見上げた父は、私の目から零れる涙を指で拭ってくれながら、悲しそうに目を伏せる。

そんな……私、父や母のことを恨んでなんかいない。

それは寂しくなかったと言ったら嘘になるけど、でも、私には兄がいてくれたから。

二人の分もずっと私を守ってくれて、大切に育ててくれた兄がいるから。

だから、大丈夫。

そんなに悔やまないで。

そんな想いを込めて父の手を取り、その大きな手を両手で包み込みながら首を振る。

父はそれに少しだけ表情を緩めて……それからすぐに固く引き結び直した。


「茨羅、会えたことは嬉しいが、早くこの村から出なさい。お前はこの村にいてはいけない」


真っ直ぐに言い聞かせるよう紡がれたその言葉は、兄がずっと口にしている言葉と同じ。

私を、この村から引き離そうとするもの。

それは私が……。

……ううん。


「あの……この村から出るための鍵を、今兄さんたちが探しに行ってくれていて……」


巴多家には近付かないよう言われ、ここで待機することになったのだと伝えれば、父はそうかと小さく呟く。

一応、納得してくれた……のかな。


「……弥生は、元気か?」
「あ、元気……だよ、凄く」


問われて答えるけど、何だか少し落ち着かない。

敬語で話すのはさすがに他人行儀すぎるかなとは思うけど、慣れるには少し時間がかかりそう。

父には申し訳なく思うし、私自身も寂しく思うから、なるべく早く慣れたいな……。

親子、なんだから。

私の答えに安心したように微笑した父は、ここでふと気付いた様子で私の背後に視線を馳せる。


「ところで……彼はいったい……?」
「あ、えと……」


訊かれるとは思っていたけど、どうしよう。

樹月の紹介……正直にしたら驚くよね、やっぱり。

どう紹介しようかと悩んでいると、当の樹月が私の隣に並び出る。

見上げれば、にっこりと優しく笑む樹月と目が合った。

……樹月?


「はじめまして。立花樹月といいます。彼女とは恋人として親しくさせて頂いてます」
「! い、樹月……っ!」


そ、それは私だって樹月のことはきちんと父に紹介したいと望んでいたけど……。

はっきりと迷いなく言い切った樹月の言葉に顔に熱が集まっていくのを抑えきれないまま、それでも気になる父の反応を窺う。

父は突然の告白にきょとんと目を瞬かせた後……。

優しく微笑んだ。


「そうか。君が茨羅の大きな支えとなってくれているようだな。親として礼を言わせてもらう。ありがとう」
「あ、いえ。支えてもらっているのは僕の方です」


父の返答に樹月は少し慌てた様子で首を振る。

その表情はどこか戸惑っているようにも見えて……。

……私にとっても、目の前の光景はちょっとだけ不思議なもののように思えてしまった。

たぶんそれは、父の容姿が兄とそっくりだからだろうなと内心で思う。

きっと樹月も同じ理由で戸惑ったんだろうな……。


「積もる話もあるが……ここは少し空気が良くないようだな。睡蓮……お前の母の力が薄らいでしまっているようだ」


辺りに視線を馳せた父が告げ、その眉が訝しむように僅かに寄せられる。

その言葉に、何故か樹月が困ったように視線を迷わせていた。

……何か知ってるのかな。


「私たちの寝所へ向かおう。そこならこの家の中でも特に睡蓮の力が強く残っているはずだから、邪な者たちも入ってこれぬはずだ」


母の、力。

私の霊力は母から継いだものだと兄が言っていたけど、母の霊力って本当に凄かったんだろうなって改めて思う。

父の提案から、私たちは奥の寝室へと向かうことになった。










…………。

えっと……。

何で壁にあんな穴が開いてたんだろう……。

寝室に向かうため廊下を奥へと進んでいたところ、その突き当たりにひとひとり通れる分くらいの穴が開いているのが見えた。

そこから外に出られるようになっているみたいで、どうやらその穴のせいでこの家を包んでいたはずの母の霊力が薄らいでしまったみたい。







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