鍵を俺に手渡しながら、ふと気付いた様子で澪ちゃんの視線が鏡台の引き出しへと戻った。

彼女はそこから一枚の紙片を取り出すと、そこに書かれた内容を声に出して読んでくれる。


「ええっと……蔵の鍵は不用意に外へと持ち出すべからず……。外との交流を担う九内家の者以外が外へ出ることを禁じ、又、外からの無闇な介入を防ぐため、蔵の扉は要時以外は閉め切ることを命ず……」


なるほど。


「蔵の鍵で確定、みたいですね」
「だな」


深紅の判断に頷いて同意を示し、手の内の鍵を見やった。

……これで帰れるな。

よし、手段は手に入れたから、後は茨羅を納得させて……。





――ごぽり。






「っ!」


唐突に周囲の空気が重く歪み、同時に嫌な水音が室内に響き渡る。

……これは。


「弥生……っ」
「弥生さん……っ」


深紅と澪ちゃんの二人から不安と恐怖を混ぜ宿した声音で呼ばれた。

その声が耳朶を打つとほぼ同時に素早く辺りを見渡せば……。



――ひゅー……ごぽ。



っ、背後かっ!?

振り返る間も惜しんですぐに深紅と澪ちゃんの腕を引きその場を離れる。

そして二人を背に庇いつつ、音のした方へと振り向けば。



――ごぽり。



青い髪の女性……巫女が、髪で隠れたその顔を、じっとこちらへと向けていた。

……参ったな。

出口はひとつ、そこには俺たちよりも巫女の方が近い。

彼女の傍を通り抜けて出口へと向かうのは至難の技だ。

彼女がその気なら、捕らわれる方が確実に早い。


「……深紅、澪ちゃん、彼女は俺が引きつける。だから二人は先に……」
「嫌ですっ!」
「……え?」


驚いた。

深紅からの反論なら聞き慣れているが、まさかこんなに素早く……そしてこんなにも強く、澪ちゃんから拒否が放たれるなんて。

思わず目を見開いて彼女を見れば、我に返った様子で俯かれてしまう。


「……すみません。でもそれは嫌なんです。そんな……茨羅ちゃんと同じこと……」


茨羅と?

……ああ、なるほど、茨羅とはぐれた時の原因が、今のこれと同じ状況だったのか。

澪ちゃんの不安はわかるが、それでも今は他に方法なんて……。


「弥生っ!」


どうしたものかと悩む俺は、切羽詰まった深紅の声に我に返り、その理由を瞬時に察して慌てて巫女へと向き直る。

だがそれは……少し遅かったようだ。



――ごぽぽっ。……ごぽ。



間近に迫った、青い瞳。

茨羅や母とは似ても似つかなく思える理由はきっと、そこに込められた感情のせいだろう。

二人の優しい眼差しは、決してこんな憎しみや怒り、怨みや絶望……強烈な殺意など、宿してはいなかった。



――ごぽり。



逃がさない。

明瞭な音になっていないそれが、何故かそう言っているような気がして……。

巫女の手が俺へと伸びてきたその瞬間。



ぱんっ、と。



何かが破裂するような音が鼓膜を震わせ、同時に弾かれたように巫女が怯み後退りした。

……今のは。


「弥生っ! 呆っとしていないでっ! 今の内ですっ!」


急かすように口早にまくし立て、俺の腕を半ば強引に引き駆け出したのは深紅。

引かれるままに足を進める俺と、察した澪ちゃんが深紅の後に続きすぐさま部屋を後にする。

巫女は、追ってこなかった。

部屋を出て扉を閉めたところであの重苦しい空気から解放され、俺たちは揃って息を吐く。

だが、油断はできない。

この村にいる限り、どこにだってあの巫女は現れるから。


「よくわからないですけど、何とか助かったみたいですし……急いで戻りましょう?」


たぶん気になることはたくさんあるだろうが、それより今はすぐにでもここから離れたいのだろう、深紅が告げる。

俺も澪ちゃんもそれに異存があるはずもなく、すぐに頷いて同意した。

早く茨羅と合流して、この村から出ないと。

そう強く思いながら歩き出した俺は、一緒に歩く深紅と澪ちゃんに気付かれないよう静かに当主の部屋の方へと振り向いた。

たぶんきっとさっきのは……。


「……母さん?」


小さな呟きは誰に聞かれることもなく、廊下の奥へと伸びる闇に飲まれて……消えていった。










第十四幕・了



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