……どうせなら本当に俺が引導を渡してやれれば良かったんだがな。
そんな暗い感情を溜息で無理矢理押し込め目を閉じて一度首を振る。
直後。
――オマエデハナイ。
ぞくり。
この声は……。
またも唐突に聞こえてきた声に弾かれるように閉じていた目を開け、すぐさま勢いよく顔を上げれば。
すぐ間近に視えた……昏い瞳。
「!」
鼻先が触れそうな程近くに迫っていたそれから逃げるように後ろへと跳び退る。
……くそっ、何だよあいつ……っ!
さっき斬ったばかりじゃねえか!
しつこくも再登場してきやがった巴多家の当主に苛立ちつつ刀の柄に手を馳せる。
何度出て来ようが俺が滅してやるまでだ。
それにな。
「俺はテメーなんぞに顔近付けられて喜ぶ趣味はねえんだよッ!」
それはまああいつに限らず害虫全般に言えることだがな。
害虫は俺と茨羅の百尺以内に入るなって言うんだ。
地を蹴り刀の刃が届く範囲まで肉迫。
その間当主は何やら炎の塊みたいなものを飛ばして邪魔してきやがったが、それすら斬り伏せて進む。
変な異能身に付けてんじゃねえよと、自分のことは棚に上げて内心で舌打った。
「とにかく……消えとけっ!」
もう一度両断してやれば、そいつは低い悲鳴を上げつつ消えていく。
……今度こそ消えたか?
疑いと警戒の手を緩めない俺の目の前……当主が消えた場所に、一冊の冊子と小さな鍵が現れた。
どうやら今度はちゃんと消えたようだな。
鍵はおそらく当主の部屋の鍵だろうが、この冊子……情報らしい情報が書かれていなかったら燃やすぞ、あの蝋燭の灯で。
まあ一応両方拾い上げ、とりあえず冊子の方に目を通してみる。
……どうやらこれは当主の日記らしいな。
書かれている内容のひとつは巫女について。
本来、蛟龍の巫女は村人の中から選ばれていたらしい。
それが青い髪と目を持つ客人が村に迷い込んで来たことから代替されたとのこと。
……村人ではない贄はこいつらには願ってもない存在だったようだ。
その客人は容姿が特殊だったから、余計に。
当時はそれこそ手厚く、その客人である女性をもてなし、村を気に入らせて村から出ようという気を削いだとこの日記には書かれている。
その容姿のせいで外ではあまり受け入れてもらえなかったらしい彼女は、村人たちの対応にとても喜んだそうだ。
……なんて……。
なんて卑劣なんだ、この村の奴らは。
辛い思いを、苦しい思いをしてきた女性を村ぐるみで騙して、陥れて……挙げ句何も知らない彼女を巫女だなんて仰々しくも馬鹿げた銘を打って殺すだなど。
とてもひとの所業とは思えない。
屑だなんて言葉でさえも生温く思える。
……こんな村、滅んで当然だ。
くすぶり高まる負の感情を一度落ち着けようと息を吸い、静かに吐く。
手の内の日記を知らず握り締めていたらしく、紙が皺だらけになっていた。
それにより読みにくいと気付いたからこそ、僅かに冷静さを取り戻せたわけだ。
少しばかり熱を下げたところで、そろそろこんな日記なんて燃やしてもいいかと思い始めてきたが、何とかその気持ちを押さえ込んで続きを読む。
……ここがこんな村だと知れば、茨羅も軽蔑してさっさと帰る意志を持ってくれるかもしれねえしな。
そのためだけに読み進めた続きには、村が滅んだ時のことが書かれていた。
まあもちろん滅んだその瞬間までは書かれていねえが、ここまで書いてあれば充分察せるだろう。
俺が茨羅を連れてこの村を出た後、母の儀式は行われ……成功したとされる。
……父は母を助けようと禊ぎの塔に向かう途中で村人たちの手にかかり殺されたと、以前手に入れた何かの冊子に書かれていた。
誰かの日記だったか、何かの報告書だったかは忘れたが、その事実は悲しみよりも怒り……いや、それすら通り越して殺意すら沸き、俺が直接村を滅ぼしてやりたかったとすら思う。
……実際、初めてそれの書かれた冊子を見つけた時は、読んだ直後にどれだけの村人たちの霊を斬ったかわからない。
……また復活するっていうのが腹立つんだがな。
母を犠牲にしてまで存続させた村は、けれどその後長く続くことはなかった。
伝承通り、障気が溢れてきたらしい。
慌てた村人たちはすぐに新たな巫女を立てようとしたが、御導の血を継ぐ者……茨羅は既にいなかったし、仕方なしと村人の娘を巫女にしたとのこと。
が、障気は一向に収まらず、巴多家の当主は第二第三の娘を巫女に仕立て上げ水神……蛟へと捧げた。
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