「あ、あの……、弥生さん、私からも質問してもいいですか?」
じとりと睨む俺と、その視線から目を逸らすように顔を背ける深紅。
何とも言えない微妙な空気が流れる中、それを打ち消そうとするかのように澪ちゃんが慌てて口を開いた。
ほらみろ、深紅が余計なことばかり言うから澪ちゃんが気を遣っちまったじゃねえか。
そう内心で深紅に念を送りながら、澪ちゃんへと視線を移す。
俺が聞く態勢をとったことに安堵の息を吐いた澪ちゃんは、次いで不思議そうに首を傾げた。
「あの……この村、ちゃんと入り口があるみたいなのに、どうして別に出入り口が作られているんですか?」
蔵に出口があることや、そのための鍵がどこにあるか等、俺の知っていることは既に茨羅を含め全員に話し済みだ。
もともと大した情報量でもない上に、そう時間がかかることでもなかったし、一応みんな知っておいた方がいいことだとも思っての判断だった。
それを聞いたからこそ、澪ちゃんは何故わざわざ蔵の中にまで村の出入り口を作ったのか疑問に思ったんだろう。
今でこそ一度村に入ったら入り口は草で覆われ通れなくされちまうという不可思議な現象が起きるようになっているが、あれは当然昔からそうだったわけじゃない。
というか村がまだこんな状態じゃない内からあんな現象が起きるなら異常でしかないな。
まあ、今の状況の方だって充分異常なわけだが。
それはともかく。
「この村の周りにはよく霧が吹いてな。多少は土地勘のある村人ですら迷いやすいんだ。ま、外界とは隔絶した村だしな、外から来るような奴のことは考えてねえと思うが……村人のこととなると話は別だ。村の奴が迷わず外に行けるようあの蔵の中の道が作られたって話だな。俺たちが入ってきた入り口も元は使われていたんだろうが、蔵の中の道ができて以降は使われなくなった……ってどこかで見たな」
「どこかって……」
何だよ、呆れられたって覚えがねえもんはねえんだよ、深紅。
この村を調べてる最中にどこかの家でそんな記述を見たんだろうとは思うが、生憎今までの俺には出入り口なんて関係なかったからな。
「……まあ、それがどこまで信憑性のある話かまではわからねえが」
独り言程度に小さく呟く。
この村は巴多によって意図的に外界と隔絶されているから、巴多が流した流言とも考えられる。
……例えそれが真実だろうと虚偽だろうと今は蔵の方から出なければならないことには変わりないわけだから、当時のことを躍起になって調べる必要もねえだろ。
と、墓地が見えてきたな。
「祠は……と、今更かもしれねえが、二人とも墓地が怖かったりは……」
「今更ですね」
「だ、大丈夫です!」
……ま、そりゃあ今更墓地だけ怖がる方が不思議か。
とりあえず手分けして辺りを懐中電灯で照らし……。
「あ、あれじゃないですか?」
さほど広い墓地でもないため、すぐに周囲に張り巡らされた木の柵に突き当たる。
そこまで来て右手方向に光を向けていた深紅が声を上げた。
導かれるように視線を移せば、墓地の奥まった場所に木製の小さな箱のような形をしたものが置かれていることに気付く。
祠、というほど大層なものには見えないが、墓にも見えないからおそらくアレが目的の物だろう。
近付いて光を当てながら覗いてみれば、蜘蛛の巣や埃まみれのその内部、奥の方に埃に埋もれるようにして折り畳まれた小さな紙のようなものが見えた。
……埃と蜘蛛の巣が酷すぎて手を突っ込みたくねえんだが……。
いや、そんなことを言ってる場合じゃねえな。
茨羅を想い、意を決してその紙に手を伸ばす。
覚悟はしていても気持ち悪いもんは気持ち悪いな。
蜘蛛の巣、べた付く……。
「どうぞ」
「あー、悪いな」
察したらしい深紅がすぐさま手拭き用の布を貸してくれ。
汚れるし悪いとは思ったが、気持ち悪さが勝って言葉に甘えることにした。
「後で洗って返すな」
そう伝えてから決死の思いで手にした紙を開いてみる。
埃の被害は受けているようだが、蜘蛛の巣の被害がなさそうなことが救いか。
そんなことを考えながら開いたその紙にはやはりというべきかひとつの鍵が包まれていて。
これが巴多に入るための鍵かと思うと同時、包んであったその紙に文字が書かれていることに気付いた。
これは……父の字だな。
「……弥生?」
「ん? ああ、鍵、見付かったな」
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