ふ、と。
気付いたらそこにはただ闇だけが広がっていて。
「……ここは?」
ぼんやりとする頭で、それでも現状を思い出そうとしながら。
自分が横たわっていたことに気付いて体を起こす。
「……そういえば私、確か神社で……」
あの青い髪の女性に捕まってしまったんだ。
……死んでしまうのかと思ったけど、でも。
「生きてる、みたい」
捕まる直前には確かに感じていたはずの恐怖も、自分が生きていたことに対する安堵も、不思議なことに何故かわかなくて。
何だか現実感に乏しい曖昧な感覚のまま、それでもひとつ、胸中にはっきりと浮かんだ想いがあった。
澪ちゃんは大丈夫かな……。
自分が生きていられたことに対してよりも、澪ちゃんへの心配の方がはっきりと形を持つ。
すぐに行くって言ったのに、私、守れてない……。
今からでも、追いかけないと。
早く澪ちゃんに会わなきゃ、澪ちゃん、自分を責めてしまうかもしれない。
……繭ちゃんのことが、あるから。
とにかく、そのためにまずは、ここがどこなのか把握しないと。
元いた神社ではなさそうだけど……、見えるものが鉄格子だけって、まさか牢屋なんてことはないよね?
…………鉄格子?
あれ、何だろう。
私、夢でもみていたのかな、何だか記憶が混乱する。
私は一度首を振り気持ちを意識的に切り替えると、とにかく灯りを点けてみようと懐中電灯を探すことにした。
でも。
「……っ! ない!? 嘘……っ、射影機も……」
どこかで落としちゃったんだ……。
どうしよう、灯りがないことも心細いけど、射影機がないなんて……。
愕然と肩を落としたその時。
手の内に、かさりと何か紙のような感触を覚えて訝しむ。
「……私、いつの間に……」
手を開いて見てみれば、小さく折り畳まれた一枚の紙片を握りしめていたようで。
いつの間に手に入れていたのだろうと戸惑いながらも、とりあえず開いてみることにする。
灯りのないこの場所で字なんて読めないだろうなんて、私は思いもしなかった。
何故なら、何故かこの紙自体が微かに光って字を読めるようにしてくれていたから。
まるで、どうしても私に読んで欲しいとでもいうかのように。
「えっと……。茨羅、生きて。幸せに……!?」
え、これ……。
私に宛てた、手紙?
どういうこと……?
それにこの手紙、差出人は……。
「お母、さん……?」
母って、確かに書いてある。
この手紙、母が私に宛てたものなの?
何で、私……、いつの間に……。
戸惑うけど、でも。
この
手紙、何だか凄く暖かくて……。
涙が、出そうになる。
「……っお母さん……」
ぎゅっと手紙を抱きしめて、そっと目を閉じてみるけれど。
どうしても、母の顔は思い出せなかった。
兄とともにこの村を出た時の私はまだ幼くて、それも仕方のないことなのかもしれない。
でも。
思い出せないことが酷く悔しくて悲しくてもどかしくて……思い出したくて苦しくなった。
母だけじゃない。
私と兄の幸せを母と同じように願ってくれていたらしい父の顔も、私には思い出せない。
思い、出したいのに。
――ミソギヲ……ギシキヲ……。
切なくなって、もう一度強く手紙を抱きしめたその時。
突然聞こえてきた低いその声に、弾かれたように顔を上げる。
慌てて振り向けば、鉄格子の向こう側にぼんやりと青白く光るひとりの男性の姿があった。
あのひとは……。
「神主さん……」
私と澪ちゃんを神社で襲ってきたあの神主さんが、虚ろな視線を私へと向け。
ふっと、周囲の闇にとけ込むように消えてゆく。
……何、だったんだろう。
何かを伝えたかった、とかだろうか。
でも何も落としていかなかったし……。
訝しみ首を傾げる私を、今度は唐突な悪寒が襲う。
ぞくりと一気に総毛立つこの感覚。
これは……。
――ごぽり。
すぐ耳元で聞こえてきたその水音に、体が固く硬直する。
駄目……っ、逃げないと……っ。
頭ではわかっていても、体が言うことをきいてくれない。
床に縫い付けられてしまったかのように体はまったく動いてくれないというのに、震えだけは全身を駆け巡って……。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……っ。
射影機もなくて、逃げ場だって……。
――ごぽ。
ひやり。
あの水音が耳朶を打ち……肩に、凍るような刺すような冷たさがはしった。
冷たいというよりも痛いようなその感覚に、視線だけをゆっくりと……ゆっくりと、動かせば。
――ひゅー……ごぽり。
鼻先が触れるのではないかと思うくらいすぐ傍で。
青い瞳が、私を映し出していた。
[*前] [次#]
[目次]