父に出会えた母は、どれだけ恵まれたか、どれだけ幸福だったか。

父に出会うまでは母もきっと相当辛い思いをしながら育ったことだろう。

だからこそ、父と出会い得られた……普通に生きる人達にとっての普通の生活を、母がどれだけ尊んだかわからない。

そんな母だからこそ、茨羅の幸せを強く望むことができたのだろうが。



……それはきっと、母以外の歴代の御導の女性たちには許せない幸せなのだろうと思う。



何故自分はこれほど辛い思いを強いられているというのに、同じ御導の者が幸せに笑っていられるのか。

それは嫉妬でもあり羨望でもあり……憎悪の対象にも成り得るもので。




「巫女が憎むもの。それはたぶん、この村のすべてなんだよ。村人も、家族も、血族も……全部がきっと、憎いんだ」




誰も助けてはくれなかった。



誰も与えてはくれなかった。



何ひとつ手にできる環境にはいられなかった。



苦しくて苦しくて、辛くて痛くて……狂ってしまったのだろう。

それを責める権利はきっと、誰にもない。

だが。


「……確かに可哀想だとは思う。でも、それでも僕は、茨羅を奪うことは赦さない。茨羅と一緒に生きるって約束したんだ」


……樹月。


「当然だろ。誰が可愛い妹にあんな儀式なんかさせるかよ」


物凄く癪だが、今は樹月のその強い想いが心強い。

もちろん口にはしないが。


「巫女の狙いは御導の者……茨羅を、巫女にすることだろう」


巫女の条件は青い髪と目を持つ女性。

同じ御導の血を引いてはいても、俺には得られない資格だ。

……そんな資格なんて、本当はない方がいいんだが。

とにかく。


「巫女となるにはまずこの神社で穢れを祓い、そして……」
「! 塔ですか!?」
「おそらくな」


察したらしい澪ちゃんが声を張り、それに俺が肯定の意を込め頷く。

この手順書によれば、神社の次は塔に向かい、そこで禊ぎを行うとのこと。

巫女とともに残ったはずの茨羅が消えたとなれば、そこにいる……というよりも連れて行かれた可能性が高いだろう。

自分で移動したならここに射影機を置いていった理由がわからないしな。


「っと。待て待て! 樹月!」


また飛び出そうとした樹月を寸でで腕を取り、引き止める。

一瞬非難するように睨まれたが、ちょっと落ち着けよ。


「このまま出て行ったところで、塔には鍵がかかってただろ」


そのくらいは俺も確認済みだ。

……まあ、俺ひとりで探索するなら鍵なんてあってないようなものだったから、あまり気にも止めていなかったが。

そうは言っても不調になっちまったこの刀では、今までみたいに易々と空間を飛び越えることはできないから、今はきっちり鍵を捜さないといけない。

急いでるっていうのに、面倒だな。


「鍵の場所、わかるんですか? 弥生」
「……いや、生憎あんなとこの鍵の在処はさすがに遺されていなかったからな」


両親が遺してくれたのは、帰り道に関わるもの。

まるでこの刀の能力が失われるとわかっていたかのようだが、たぶん念のために書き置いてくれていたんだろう。

その配慮には救われるが、塔は出口とは関係ない場所であるため、そこに触れられた書き置きはなかった。

とはいえ。


「禊ぎに入った巫女の世話は神主と村人の女性とで行っていたらしいからな。もしかしたら神主が鍵を持っていたかもしれねえ」


そう考え、俺の他にここに入ったことのある澪ちゃんに心当たりを尋ねるが、申し訳なさそうに首を振られる。

そんな悔しそうな顔しなくても、澪ちゃんのせいじゃねえよ。

そう安心させるように伝えて、とにかく全員で手分けして鍵を探してみた。

……ここになければ神主の自宅の方に置いてあるのか……。

だとしたら、どの家が神主の家かわからねえし、下手したら劣化が酷くて入れなくなっているかもしれない。

参ったな……。

そう広くもない場所であるため、探し尽くしたと判断しかけたその時。







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