……俺ひとりでは解決できないだろうことがもどかしいが、今はそんなことを言っている場合ではない。

何よりも、茨羅が幸せになることこそが大事だから。


「……蛟だ」
「みずち……? それってこの村の名前ですよね?」
「推測でしかねえが、この村の名はそこから取ったんだろうな。とにかく蛟っていうのはな」


深紅に答えて、説明に入る。

蛟というのは架空の生物……一応伝説上の生物というご大層な肩書きを持っているらしいが、とにかく。

龍の一種、もしくはその成長の一過程のようなものとされる存在らしい。

身体的特徴はまあいいとして。


「蛟は水の神……水神として祀られることもある」


説明後にもう一度告げれば、今度は水神の正体と蛟をしっかりと繋ぎ合わせることができたようで、深紅が小さく頷いた。


「……その一方で、蛟は毒気を吐き人を害する水魔の一種ともされる」


片や水神、片や水魔。

同じ蛟でも、伝えられるその性質は方向性が真逆で。

だからこそこの村は、水魔としての蛟の怒りを抑え、その毒気を収めさせ、水神としての加護を得ようとすることをあの儀式の目的とした。

実際は偶然起こった現実の上に体の良い言い訳を塗り付けたようなものだが、名分さえ整えばそれで良かったんだろう。

もう嫌悪も通り越して言葉もない。


「ちなみにそこにある小鳥の死骸は蛟の好物の成れの果てで、蛟は別に……蛟龍と呼ばれる」
「蛟龍!?」


勢いよく顔を上げて俺を仰いだ澪ちゃんの様子から、彼女は巫女の呼び名を知っているんだろうと推測できた。

やはり、ここの書物を彼女は読んだのか。

ここに来た以上、情報の役割を果たせるものはそれくらいだからな、予想できる範疇内か。


「巫女の正式名称は蛟龍の巫女。水神、に捧げられる巫女……人身御供だ」


俺が言い終えると同時、場に一瞬降り立った沈黙。

だがそれはすぐさま樹月により打ち破られた。


「弥生、その情報と茨羅の居場所、どう繋がるのか教えてくれないか?」


直接的に茨羅に絡む情報とは言えない話に、樹月が急く気持ちを隠しきれない様子で問いかけてくる。

普段は割と温厚な方だが、今は状況が状況だ。

押し留めていられない苛立ちが目に見えていても、まったく不思議ではない。

とにかくすぐにでも茨羅を見つけたい想いは俺も同じだからな。

……いや、俺の方がその気持ちは大きい!

と、張り合ってる場合じゃなくてだな。

俺は手にした冊子を開いて全員に見せる。


「それ……儀式の手順書ですか?」


冊子やら刀やら懐中電灯やらで手が塞がる俺に代わり、深紅が開いた冊子に光を当ててくれた。

それを一見してすぐに察した澪ちゃんが小さく首を傾げる。

やはり一読しているからだろう、何の冊子か理解するまでが早い。




「この村を徘徊する巫女の目的は、おそらく御導家の血を継ぐ者……巫女の資格を持つ者に、自分と同じ儀式をさせることだ」




まあこの村の他の怨霊の目的も同じだろうが、巫女以外は雑魚だからな、どうでもいい。

……あ、親父はまた別だが。


「ど、どうして……? 普通、逆じゃあ……」


声を上げたのは澪ちゃんだったが、その疑念は他のみんなにしても同じらしく。

……俺もそう思っていたから、気持ちはわからなくもない。

自分の血族に、自分と同じ辛苦を味あわせたいなんて普通は思わなそうなものだが、御導はその特性が既に普通の枠から外れていた。


「生まれた時から常に監視がつき、自由などまったく与えられず、伴侶すら勝手に決められ、女児を生んだらお役御免とばかりに巫女にされる。それが、御導家だ」







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