弥生はこの村を出る時にはもう物心がついていたようだから、思うところが多いのだろう。
どう声をかけようか思いあぐねている内に、弥生は自分で普段と同じ表情を取り戻す。
「茨羅なら親父に襲われることはないからな。親父に襲われたなら茨羅は別行動をしているってことだろうと思った」
茨羅なら……。
ああ、そうか。
僕たちを救ってくれたあの能力が、自分の父親に使えないわけがないということだろう。
なら、早く茨羅と合流して彼女をここに連れてきてあげたい。
きっとそれを彼女も、彼女の父も望んでいるだろうから。
「あ、そうだ。弥生、これを」
「ん?」
「深紅さんが拾ってくれたんだ」
さっき深紅さんに渡されたあの紙片のことを思い出し、それを弥生に手渡す。
弥生は小さく首を傾げながらその紙に書かれた内容に目を通し……僅かに眉根を寄せた。
「……深紅、これ、見つけてくれてありがとうな」
「……いえ」
「樹月には意地でも礼は言わねえぞ」
「はいはい。わかってるよ」
それでこそ弥生だしね。
そう思いながら胸中で苦笑する僕と、あからさまに呆れた様子で息を吐く深紅さん。
弥生はそんな深紅さんの反応も気にせず、受け取った紙片を仕舞ってから改めて僕たちへと向き直った。
「さて。この家はもういいから、さっさと茨羅と澪ちゃんを探しに行くぞ」
「帰り道は見つかったんですか?」
「ん? ああ。あとは鍵を見つければいいだけだ」
……鍵? 帰るためには鍵が必要なんだろうか。
あれ、そう言えば、鍵なら……。
「鍵なら二つ見つけたけど」
九内家と小屋の中で見つけたそれを、見つけた場所を伝えながら弥生に手渡す。
その鍵を受け取りながら、彼は僅かに驚いた様子で目を見開いた。
「よく見つけてきたな。これがたぶん、出口を開く鍵だ。あともうひとつ、必要な鍵が巴多家にあるらしい。それが揃えば出口が開ける」
三つも鍵が必要だなんて、随分厳重なロックだなと思う。
でも、これでようやくあの鍵の使い道がわかった。
「とりあえず、最後の鍵は後回しとして。まずは茨羅と澪ちゃんの居場所だが……」
話を切り換えて告げる弥生の眉根が寄る。
難しそうな表情を浮かべるということは、彼にも二人が行きそうな場所の心当たりがないのだろうか。
……この村について詳しくない二人が、慌てて夢中で駆けて行ったのだから、どこに行ったか検討がつく方が不思議だけど。
でも……茨羅、いったい、今どこに……。
「……あ、あの。とにかく村の中まで戻りましょう? 地図を見た限り、そう大きな村でもないようですし、行き会えるかもしれませんよ」
ああ、やっぱりあの紙、地図だったんだ。
提案する深紅さんの口調は、いつもとあまり変わらないように思えるけど。
気を遣ってくれているんだろうことくらいは、わかる。
弥生だけじゃなくて、僕もたぶん沈んだ表情を浮かべてしまっていただろうから。
その気遣いを申し訳なく思いながらも、応えるために頷いて同意を示した。
弥生もそうだな、と小さく呟きながら深紅さんに頷く。
深紅さんの提案通り、いつまでもここにいても仕方がないわけだし、僕たちはとりあえずこの家から出ることにした。
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