何だろう……ノートの一ページを切り取ったような紙に見えるけど。
……というより、突っ込んでいいのかわからないけど、深紅さんって結構強かなのかもしれない。
向こうの部屋、もう調べてたんだ……。
とりあえずそれはなるべく気にしないようにして、僕は深紅さんから渡された紙片に目を向けた。
「……これ」
そこに記されていたその名前に、思わず目を見開く。
これは……。
茨羅と弥生に向けて書かれたものだ。
書いたのは、どうやら二人の母親らしい。
二人を強く想うその想いが綴られた
内容が、酷く切なく思えた。
「……茨羅と弥生に渡さないと」
ぽつりと呟いた僕の想いに、深紅さんが深く頷いて同意をしてくれる。
茨羅……それに弥生も、今どこにいるんだろう。
「……ここ、やっぱり弥生たちの家でしょうか」
問う、というよりも確認するような深紅さんの口調。
それはずっと僕も考えていたことで。
だけど僕が答えを紡ごうとするよりも早く。
「ああ、ここは俺と茨羅の生まれた
家だ」
「!」
僕の代わりに答えを紡いだその声にすぐさま視線を移せば、そこには……。
「っ弥生……!」
廊下の奥から現れた彼の名を先に呼んだ深紅さんの声が、微かに震えていた。
気丈な人、というイメージが強かったけれど、やっぱり彼女だって不安じゃないわけがなかったんだ。
……その気持ちを見せられる相手がいなかっただけで。
「もう。ひとりで行動するなら地図くらい用意しておいて下さいよねっ!」
「あー、悪い。その地図、さっき取ってきたところなんだよ」
詰め寄る深紅さんに答える弥生の手には、確かに一枚の紙が握られている。
それが地図なのだろうか。
弥生はその紙を深紅さんに手渡して見せながら、真剣な眼差しを僕へと向けてきた。
「なあ。……茨羅はどうした?」
ぴくり。
その問いを受け、僕と深紅さんの肩が跳ねる。
「……それが……」
思い返す悔しさと焦燥に強く拳を握りしめながら、それでも彼に答えないわけにはいかないため、これまでの経緯を僕が説明した。
斬りかかられるんじゃないかとも危惧したけど、弥生はただ黙して話を聞き、聞き終わると小さく「そうか」とだけ呟く。
……正直予想外の反応だったけど、弥生にはこの状況が予測済みだったとでもいうのだろうか。
「……悲鳴が聞こえたからな」
「え?」
「お前たち、正面から入っただろ? 良く無事だったな」
呟かれた言葉が聞き取れずに訊き返せば、弥生は話を改めてそう告げた。
正面から入って……無事?
「弥生、まさかあのひと……」
「俺たちの親父だ」
深紅さんの言葉を先んじて奪い、弥生本人から伝えられた事実。
……やっぱりそうだったんだ。
弥生に似ているような気はしたけど、そう感じた通り、あの霊は弥生と茨羅の父親だったのか。
「家に誰も入れないよう、あそこでずっと見張ってる。……母さんはもう、この家にはいないのにな」
目を伏せ小さく息を吐く弥生の表情は、今までに見たことのないような沈んだもので。
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