私は小さく澪ちゃんに謝ると、射影機をあの女性に向け、その姿を写し撮った。
けど、普通の霊とは違って、やっぱり手応えはまったくない。
予想通りだったから驚くこともなく、私はすぐに構えていた射影機を下ろす。
――ごぽり。
あの女性の顔が、こちらへと向いた。
……うまく、いったみたい。
そう思いながら、私はすぐに澪ちゃんから離れる。
幸いなことに、あの女性は私の方へとゆっくりと向かってきてくれた。
水音と空気が漏れるような音だけを立てながら、じわりじわりと近付かれてくる恐怖。
私の方へと引きつけながら徐々に後退してゆく中で、じんわりと嫌な汗が浮かんでくるのがわかった。
向けられる怒りや憎しみ、怨みがこもった強い殺意を浴びて、足がもつれて転びそうになるのをなんとか耐える。
怖くて泣き出したくなる気持ちを懸命に耐えて、私は声を張った。
「澪ちゃん、行って! お願い!」
澪ちゃんが逃げるには充分なくらい、あの女性を入り口から離すことができたから。
必死にそう願う私の耳に、泣き出しそうに揺れる澪ちゃんの声が届いた。
「絶対……っ! 絶対、すぐに来てね! 絶対だよ、茨羅ちゃん!」
「うんっ!」
良かった……澪ちゃん、私の願いを汲んでくれたみたい。
怖くて目の前の女性から意識を逸らせずにいる私だけど、少しして戸が勢いよく開かれた音と遠ざかってゆく足音が聞こえてきたから、澪ちゃんは逃げられたのだろうと知った。
……私も、逃げないと。
急に加速したりされなければ、少し大回りして走ることであの女性から逃げられると思う。
最初にぐるりと見渡したここの間取りと、今自分がいる場所を思い浮かべて、駆けるべき道を想像する。
……うん。
大丈夫、行けるはず。
そう信じて、思い浮かべた道なりに駆け出した。
あの女性が速度を上げて追ってくる様子もなく。
そんなに広い場所でもないから、出口まではすぐに辿り着くことができた……けど。
「っ!? ど、うして……っ」
戸が、閉まっている……。
澪ちゃんが開けていったはずなのに。
戸惑うけれど、とにかくすぐに開けようと手を伸ばす。
でも。
「開かない……っ!」
どうして……、どうしてっ!?
「開いてっ、開いて、お願いっ!」
澪ちゃんと約束したの。
だから、だから早く行かないと!
――ごぽぽ。
……ぞわり。
背後から……それも、かなり近い場所から聞こえてきたその水音と、背筋をはしる強い悪寒とに、一気に体中に震えがはしる。
恐怖と焦燥と……絶望とが、体中を満たした。
――ひゅー。ごぽ……。
嫌だ……、嫌……っ!
振り向きたくない。
歯の根が合わない程の恐怖。
それに身を苛まれながらも、私はゆっくりと……。
振り向いてしまった。
至近距離から私を覗く、青く暗い瞳に射られ……。
ぷつり、と。
意識が、途絶えていった。
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