私と同じように祭壇から離れた澪ちゃんが震える声音で訊いてきた。

けど……。

もう一度確認してみたけど、その燭台にはやはり蝋燭は置かれていない。

ただ小さなその灯火が、ゆらりゆらりと揺れているだけ。

その灯りのせいで、祭壇の上に置かれていた木彫りの置物と……小鳥の死体が照らし出されてしまったため、慌てて視線を逸らそうとしたその時。


「っひ!?」


祭壇の前に、神主姿の男の人が、祭壇の方を向いた形でぼんやりと現れた。

警戒する私と澪ちゃんの目の前で、その男性から低く言葉が紡がれる。



――ギシキハ、ヒツヨウダッタノカ……。




「……え?」


呟くように吐いた後、その姿がふっと消えた。

何だったのかと戸惑う私と澪ちゃんの後ろから、唐突に声が続く。



――ミコ。モドッタ……。



ひやり。



肩の辺りから凍えるような冷たさが伝い、慌てて振り向く。

けれどそこには何もいなくて。


「茨羅ちゃん! 伏せて!」


突然澪ちゃんにそう指示されて、とっさにその場にしゃがみ込む。

ほぼ同時に聞こえてきたものは射影機が紡ぎ出す音と、男のひとの苦鳴。

それが私を挟んだ前後で数回繰り返された後……。



――コレハ、トガダ……。



そう紡ぎながら、私が振り向いたその先であの神主姿の男の人が、闇へと溶けるように静かに消えていった。


「……トガ?」


何のこと?

わからないけど、あのひとも間違いなく私を狙っていた。



私を……ミコ、と言いながら。




「茨羅ちゃん、大丈夫?」
「あ、うん。ありがとう」


差し出された澪ちゃんの手をとって、その場に立ち上がる。

その手の温もりが、何だか凄く安心できた。


「あ、本が落ちてる」


私が立ち上がるのを見届けてから、ふと澪ちゃんが呟く。

彼女の視線を追えば、先程あの男のひとが消えていった場所に、一冊の冊子が落ちていた。

近付いて拾い上げたそれは、どうやらさっきの男のひとの日誌のようで。


「……あのひと、儀式に疑問を感じてたんだ……」


その日誌に書かれていた内容は、儀式に対する疑問……疑念。

そして、儀式を行いたくないという思い。

けれど巴多というひとに逆らえなくて、儀式を行い続けていたようだ。

思いと現実との狭間での苦悩が、その日誌には書き綴られていた。





――ごぷり。





何とも言い表せない気持ちでその日誌を読んでいた私は、突然聞こえてきた聞き覚えのある水音と、体中をはしった嫌な悪寒とに我に返る。



――ごぽぽ。



音がした方へと目を向ければ、そこにいたのはやはりあの女性。

口元と首から溢れた赤が、彼女の着物を真っ赤に染めていた。


「……茨羅ちゃんっ」


怯えた声音で澪ちゃんに呼ばれ。

すぐにでも彼女の手を取りこの場から逃げ去りたい思いにかられる、けど……。



あの女性は、ここの入り口の戸を背に立っているのだ。



逃げ場が、ない。




「……澪ちゃん」


息を吸って、吐いて。

震える体を叱咤するように、拳を強く握り締める。

あの女性から逸らしたい視線を何とか彼女に向けたまま、私は澪ちゃんへと続けた。




「私があのひとを引きつける。だから、先に逃げて」
「そんな……っ!?」




できない、と。

澪ちゃんは続けるけど、それ以外にここから出られる方法なんて思い付かない。

あのひとにはやっぱり、射影機は効かないと思うし。

……引きつけるために試してはみるけど、分はきっと悪い。

だからその間に澪ちゃんだけでも逃げてもらわないと。


「大丈夫だよ、澪ちゃん。私もすぐに追いかけるから。だから先に外に出て待っていて」
「嫌だよ……っ、私、もう置いていくのは嫌……」
「澪ちゃん……」


ごめんね、辛いとは思うけど、でも。



私に、澪ちゃんを守らせて。



私のためにこの村まで付き合ってくれた、大切な友達を……守らせて欲しい。



……これは、わたしの問題なのだから。







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